小説「光の物語」第43話 〜胎動2〜

小説「光の物語」第43話 〜胎動2〜

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胎動 2

「なんだか気もそぞろだな」
執務室のディアルをマティアスがからかう。
ディアルは先ほどから書類を手に取っては、数枚めくって放り出すのを繰り返していた。
「奥方の初めての単独公務がそんなに心配か?」
その通りだが、そんなことを認める気はディアルにはなかった。


「心配などしていない。彼女なら万事うまくやるだろうさ」と、目についた報告書を再び手に取ってめくる。「そういえば、この間頼んだ件は何かわかったか?」
「どの件だ?」
「ベーレンスだ」
「ああ・・・」


ベーレンス伯爵は昨年の冬から一家で王城に滞在していたが、年明け早々に妻と娘を残して領地に戻っていた。
その後しばらくたっても、王城に戻ってくる様子も妻子を迎えにくる気配もない。
王城滞在は娘の縁談をまとめるためだったはずだが、それも全く進展のないままだ。


「部下に命じてはいるが、今のところとくに報告はないな」
「そうか」
国全体の土地整備を控えた現在は多忙であり、この程度のことに人手を割かせる気はディアルにもなかった。
「何かわかったら知らせてくれ。単なる取り越し苦労かもしれんが」
「ああ」と答えたマティアスだが、ふいににやりとして混ぜ返す。「ベーレンスはこれを機に別居したいんじゃないのか?彼の妻は恐ろしい女らしいからな」
ディアルも「かもな」と答えて笑い、「さて、砲兵隊の様子を見に行くか」と従兄弟を誘った。




王城の庭では再編した砲兵隊の割り振りが行われていた。
座学と郊外での技術教練も終え、工事のため各地方へと出発する日も近い。
「殿下」
ディアルに気付いたノイラート隊長が近寄って一礼した。
「フランツ、どんな調子だ?」
「すべて予定通りに進んでおります。こちらを」
渡された工程表に目を通していたディアルは、ふとノイラートの後ろにいる従者に気がついた。


「きみの顔は去年も見たな。名はなんと言った?」
「は・・・はっ!ゲオルグ・マイヤーと申します」
突然の王子からの声かけにゲオルグは大慌てで答えた。
「そうか。移動続きでご苦労なことだが、体を厭うて励んでくれ。きみたちの仕事は重要だ」
「あ、ありがたき幸せ・・・」
普段はのらくらした笑みを浮かべているゲオルグも、さすがに居住まいを正している。
ディアルは再び工程表に目を落とし、ノイラートと細かい点を詰めはじめた。