小説「光の物語」第49話 〜胎動 8〜

小説「光の物語」第49話 〜胎動 8〜

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胎動 8

「ナターリエ!いったい何度同じことを言わせるの!本当にあなたはどうしようもないわね」
響き渡る怒鳴り声に、王城の廊下を歩いていたアルメリーアと侍女たちはぎょっとする。
その声は人々が集まるサロンからのもので、周囲の貴婦人や女官たちもさすがに眉をひそめていた。
最近はアルメリーアがナターリエを気にかけていたこともあり、このような場面は鳴りをひそめていたのだが・・・。


「いい加減に愚かなことはやめてちょうだい。皆様にもご迷惑・・・」
「みなさま方、ごきげんよう」
アルメリーアがサロンに入ると、居並ぶ人々は一斉に彼女に向かってお辞儀をした。
誰も止めないのをいいことに娘に当たり散らしていたベーレンス夫人も、王子妃の出現に慌てて頭を下げる。


「ベーレンス夫人、ちょっとよろしいかしら」
微笑みを浮かべた王子妃からの指名に、うしろ暗いところのある夫人は狼狽した様子だ。
「わ、わ、わたくし?」
「そう、あなたですわ。あちらのお部屋にいらしてちょうだい」
サロンと続きの部屋へと誘われ、夫人は動揺に体を震わせた。



続き部屋の窓からは、中庭に咲く木の花が見える。
大気はまだ肌寒さを残しているが、その中に咲き初めた小さな花は春の光を喜んでいるかに見えた。


「ベーレンス夫人、どこかお体の具合でもお悪いの?」
続き部屋の椅子にかけたアルメリーアは、自分の前にどぎまぎして立つベーレンス夫人にそう切り出した。
「は、いえ、あの・・・そのようなことは・・・」
夫人はしどろもどろにそう答えた。


「それならばよかったわ。けれど・・・あなたには、少し行いを改めていただかないといけないわ。ご令嬢をあのように皆の前で辱めるなど、あってはならぬことでしてよ」
「わ、わたくしはそのような・・・つもりでは・・・」


これまで誰にも注意されたことがないのか、夫人は小さく体を震わせている。確かにあの状態の彼女に関わろうとは誰も思わないだろうし、そのために彼女の振る舞いは放置されてきたのだろう。


「そのつもりがないとしても、そうなっているのです。周りにいる方々も心苦しい思いをされましょう。サロンは皆がくつろいで参加するための場なのですよ」
「は・・・はあ・・・」
アルメリーアは夫人よりかなり年下ではあるが、王子妃であり宮廷の女主人であり、彼女にものを言われれば夫人は従うしかないのだった。


「王城に滞在なさっているのは、ご令嬢の縁談をまとめるためなのでしょう?進み具合はどうなのですか?」
話題が変わったのに安堵したのか、夫人は幾分すらすらと答え始めた。
「は、はあ、それがなかなか・・・娘は引っ込み思案なもので。何度かお見合いの機会もありましたが、ほとんど話もせず。せっかく夫と私がお膳立てしましたのにあの子ときたら・・・」
「最近はお見合いのお申し込みはないのですか?進んでいるお話も?」
先日クリスティーネから聞いた噂・・・ナターリエに恋人がいるという・・・を思い出し、彼女は聞いてみる。


「はい。最近はとんと・・・それもあってつい、苛々してしまいまして・・・。母がこれほど心を砕いていますのにあの子は・・・」
「ナターリエ嬢は内気かもしれないけれど、とても素敵なお嬢様ですよ。優しいし、賢いし、とてもお可愛らしいわ」
それは事実だった。ナターリエは痩せてはいるが、大きな黒い瞳ときれいな輪郭が魅力的な娘だった。


思いがけない娘への賛辞に、夫人は喜びとも妬みともつかない感情を覚えた。
「そのような、もったいない・・・何の取り柄もない子でございます。本当に・・・」
アルメリーアはその言葉に取り合わず続ける。
「ナターリエ嬢のお話が進まないとしても、それはご本人の責任とは思えませんわ。若いお嬢様がお見合いの席で恥じらっていらしても、それはごく自然なことですもの。けれど・・・母君のあなたがあのように取り乱していらして、関わりたがる家があるとお思い?」


痛烈な一言にベーレンス夫人はいっそう激しく体を震わせた。なにか言おうとしかけたが、その言葉も尻すぼみに終わる。
「お嬢様の将来を思うなら、彼女に自信を持たせてさしあげること。それに宮廷の秩序を守り、ベーレンス家の評判を高める振舞いをなさることですわ・・・それがおできにならないようでしたら、それなりの対処をすることになりましょう。おわかりいただけまして?」


「は、はい・・・申し訳もございません・・・」
さすがに言い逃れのしようもなく、夫人はただ深々と頭を下げた。