小説「光の物語」第51話 〜胎動 10〜

小説「光の物語」第51話 〜胎動 10〜

スポンサーリンク

胎動 10

大広間の夜会でアルメリーアは社交をこなしていた。
ディアルは急な来客とかで少し遅れている。
夫がいてくれなければ美しく装ったかいもないが、物足りなさを隠して出席者たちの挨拶を受けていた。


行き交う人々を眺めながらも昨日見た光景が頭を離れない。
内気な伯爵令嬢ナターリエが、砲兵隊長の従者と恋仲に・・・。
身分違いの関係など彼女の両親はまず認めまい。
せめて彼が誠実な人物ならよいのだが・・・。


「妃殿下」
いつの間にかそばに来ていたマティアスが会釈する。
「相変わらずお美しい。お姿を拝すると心が洗われる思いです」
「マティアス様こそ、相変わらずお上手ですこと」
考え込んでいたアルメリーアはマティアスの出現に少し気持ちが楽になる。
そういえば以前、女癖の悪い青年につきまとわれていた行儀見習いの少女、クリスティーネを彼は助けてくれたことがあった。
もしかしたら昨日の青年のことも何か知っているかもしれない。


「マティアス様、砲兵隊の皆様はもう出発したのですか?」
彼女には珍しい話題だと思ったものの、マティアスは笑みを崩さず答える。「はい、今日の朝早くに」
「先日お会いした隊長と従者も?」
「彼らの隊も任地へ向け出立しました」
今朝出立・・・昨日のナターリエの涙はそのせい・・・。
「マティアス様・・・マティアス様は、あの従者の青年をどうお思いになって?」


思いがけない問いにマティアスは目を丸くする。「従者・・・ゲオルグのことですか?」
「ええ」
質問の意図をはかりかねたマティアスは
「仕事はそつなくこなしています。まあ・・・目端がきく男という感じですね」
と当たり障りのない返事をした。


仕事のこともだが、彼女が知りたいことはもっと他にあった。
「人柄のほうはどうですの?」
マティアスは眉を持ち上げる。
「妃殿下・・・よもやとは思いますが、あの男にご関心がおありで?」


「ま・・・」アルメリーアは思わず笑い出した。
「ごめんなさい、でも・・・」ようやく笑いやんで言葉を継ぐ。「彼を気にしている子を知っているのです。それで・・・」
「なるほど。そういうことですか」マティアスも苦笑する。


「ならば有り体に申し上げますが、あの男では話になるまいと存じますね」
その言葉は彼女にとってはいささか衝撃だった。
「彼にはなにか悪い噂でも?」
「いえ、それ以前の問題といいますか・・・まともなご婦人が付き合う相手ではありませんよ」


予想外の評価に唖然とする。
「でも・・・恋人のため変わるということは・・・?」
マティアスはいたわるように微笑んだ。
「慈悲深いお心には感じ入りますが、期待せぬ方が得策でしょうな。女性は金づるとしか思っていない男です」


救いようのない話に彼女は頭がくらくらしたが、それよりもナターリエの今後を思うと暗澹たる気分だった。