小説「光の物語」第58話 〜出奔 6〜

小説「光の物語」第58話 〜出奔 6〜

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出奔 6

ベーレンス夫人を侍医にまかせ、アルメリーアはマティアスと話すことにした。
「なんということを・・・婚姻無効とは」
「ええ。あんな話が認められたら夫人と令嬢はどうなるやら」
夫人の持参金を未払いにしておくような実家なら、彼女たちを庇護するとも思えない。
伯爵夫人とその令嬢が、路頭に迷うことになるのか?

 

「でも・・・そんなことが許されるのですか?」
「ベーレンス伯爵は司教を買収したようです。ですのでそちらは許可する見通し・・・。しかし、陛下と殿下はもちろんそんなことをお許しにはなりません。あらゆる方面から彼らに圧力をかけると仰せで」
アルメリーアは小さく頷いた。
「ですから、結局のところ通りますまい。仮に通ったとしても伯爵の望みとはかけ離れたものになるはず。私はそれを夫人に伝えに来たのです」
「そう・・・」
そうだとしても、アルメリーアには夫婦の亀裂は決定的に思えた。
今後あの二人は、そしてナターリエはどうなることだろうか。

 

「妃殿下こそ、夫人になにかご用がおありだったのでは?」
「ええ・・・」
どうしたものかとしばし迷ったが、話すなら彼しかいないだろう。
「実は・・・ベーレンス家の令嬢が今朝から家出をしたようなのです。それで夫人に話を・・・」
「なんと」彼は思わず苦笑した。「ベーレンス家は退屈させませんな」
「マティアス様・・・不謹慎ですわ」たしなめながらもつい笑ってしまう。
「お許しを。しかし、どうしてまた?」
彼女が話す事情を聞くうち、マティアスの表情は徐々に厳しくなっていった。

 

「でも・・・夫人と話などとても。あの様子では・・・」アルメリーアは小さく頭を振る。
「行き先は実家の城でしょうか?」
「どうでしょう。彼女は父親とも親しいとは言えないようなのです。もしかしたら恋人を追っていったのかも・・・」
「なるほど。相手をご存じで?」
「・・・ゲオルグ・マイヤーですわ。砲兵隊の・・・」
マティアスは小さく口笛を吹いた。「そういうことでしたか」
ナターリエの秘密を明かすのは本意ではないが、この際ほかにどうしようもないだろう。

 

「しかし、彼の任地はヴェルーニャとの国境地帯。令嬢一人ではとても・・・供はついているのですか?」
「たぶん、いませんわ・・・」アルメリーアはあらためて心を痛めた。ベーレンス夫人はナターリエを常に監視していたようなものなのに、本当に必要な保護はしていなかったのだ。「早く見つけないと。もしあの子の身に何か・・・」
「ご心配はもっともですが、あまり思い詰めなさるな。人をやって探させましょう。きっとすぐに見つかりますとも」


ナターリエの身を案じていたアルメリーアは、マティアスの冷静さに救われる思いだった。