小説「光の物語」第65話 〜悲報 5〜

小説「光の物語」第65話 〜悲報 5〜

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悲報 5

マティアスはアルメリーアに抱き抱えられるようにしているナターリエを見た。
両親の非業の死を知った彼女は、泣き疲れた顔をして今にも崩れ落ちそうだ。
かわいそうに、とマティアスは思った。
見るからに繊細で無防備な少女が、たて続けにむごい現実を知らねばならないとは。

 

ナターリエもマティアスに気づいたが、疲れ切っていてうまく反応ができないようだ。
マティアスは彼女に小さく微笑みかけた。
女性たちから少し離れた椅子に腰掛け、無言で王子妃が話し出すのを待つ。

 

アルメリーアが遠慮がちに切り出した。
「ナターリエ・・・実はね、あなたの恋人の・・・ゲオルグ・マイヤーのことだけど・・・」
その言葉はナターリエを驚愕させた。どうして王子妃がゲオルグのことを?
「あなた方が一緒のところにたまたま居合わせてしまったの。その時は彼がどういう人かわからなかったのだけど・・・。

 

その後アルメリーアが語ったゲオルグは、ナターリエが信じていた彼の姿とはかけ離れていた。
同時に何人もの女性と関係を持ち、誰とも本気ではない。
遊び方を心得た既婚夫人だけでなく、ナターリエのような未婚の女性にもチャンスがあれば粉をかける。
なかには未婚のまま身籠ってしまった女性もいる。
それだけではなく、親しくなった女性たちから金品をせしめてもいたらしい・・・。
想像もつかない話にナターリエは困惑するばかりだった。

 

「それでね、女官たちから聞いたの。あなたの宝飾品がいくつか無くなったと・・・彼はあなたのお部屋に出入りしていたの?」アルメリーアは尋ねる。

 

王子妃は誤解している、とナターリエは思った。彼はそんな人ではない。
彼は泣いていた彼女を庭で見つけ、聞いたこともないような優しい言葉をかけてくれたのだ。
母に責められた彼女の悲しみを聞き、可愛いと褒めてくれ、あなたの優しさが好きだと言ってくれた。
彼自身の辛かった過去をいろいろ話してくれ、もっと余裕があれば自分も身を固められるのにと熱い眼差しで語っていた。
何度か庭で会う約束をし、話をするだけの関係だったが・・・時折優しく抱きしめてはそっとキスしてくれた。
ナターリエは夢中になり、彼のためなら何でもすると思ったものだ。

 

「いいえ、いいえ・・・!お部屋になんてまさか・・・いつ母が入ってくるかもわかりませんのに・・・」
ナターリエは『母』と言う言葉でまた涙が出そうだった。
「私が差し上げたのですわ・・・私の思い出があれば戦地でも心強いと、彼がそう言っていたから・・・」

 

「これのことですか?」
マティアスが懐から小さな袋を取り出す。
その中から出てきたのは、間違いなくナターリエがゲオルグに渡した耳飾りだった。

 

なぜこれがここに・・・ナターリエの戸惑いは頂点に達した。考えられる理由があるとしたら・・・。
「・・・もしや・・・あの方は亡くなったのですか?」
おそるおそる口にする。

 

ナターリエの問いをマティアスは痛々しく思った。こうした純粋さを食いものにする輩もいるのだ。
「ぴんぴんしておりますとも」マティアスは抑揚のない声で答えた。「これは王都のはずれの質屋で見つかりました。背の高い色男が売りにきたそうです。店の主人によると常連で、よく『貴婦人からの戦利品』を持ってくるとか」

 

ナターリエはもう耐えられなくなり、震えながらアーベルにしがみついた。
「・・・一人にしてください・・・」
振り絞るような声でようやく口にする。
「お願い、一人にして・・・!」

 

伝えるべきことは伝えたし、辛い話を聞きすぎた彼女には休息が必要だ。
アルメリーアはそっとナターリエの背に触れて話しかけた。
「ナターリエ、やけを起こさないでね。このこともあなたに責任はないのよ」
ナターリエはいっそう体をこわばらせた。
「あなたの人生はこれからが本番よ・・・そのことを忘れないで」

 

その言葉を最期に、王子夫妻とマティアスは静かに退室した。