小説「光の物語」第66話 〜悲報 6〜

小説「光の物語」第66話 〜悲報 6〜

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悲報 6

アーベルに付き添われ、ナターリエは自分の寝室へ戻った。
簡素な寝台に身を投げて新たにあふれてきた涙に暮れる。
「本当に・・・なんということでしょうね」アーベルも心から彼女を慰めた。
可憐な少女が絶望するには十分すぎる災難だ。

 

アーベルは寝台横の椅子に座り、ナターリエが泣きたいだけ泣かせた。
今は何を言うよりそれが一番だろう。
怒涛の一日を過ごした彼女は疲れ切っており、しばらくするうちに泣きながら眠ってしまった。
アーベルは彼女に上掛けをかけてやり、泣き濡れた顔と汗ばんだ髪をハンカチでそっと拭いた。

 

 

ナターリエは何度も夢にうなされた。
燃え盛る炎の中で母が何か怒鳴っている。
その向こうには父もいて、同じようにナターリエに激しく怒っている。
二人は炎のなかをぐるぐると回りながら怒声を上げ続けている。
ナターリエは息もできずに寝台の上で身悶えした。

 

別の夢ではナターリエは誰かに笑われていた。
姿は見えないものの、それがゲオルグと彼の遊び相手だと、夢の中ではなぜかわかっているのだった。
夢の中で二人はナターリエのことを笑いものにしていた。「愛されているとでも思ったのか」と。
聞きたくないと耳をふさぐが、笑い声はますます大きくなっていった。

 

また別の夢・・・家出した街道で出会った乱暴な男たち・・・何度断ってもにやにやしながらついてきて、あげくに彼女を力ずくで道端に引きずり込み・・・。
助けて!助けて!彼女は夢の中で叫ぶが・・・。

 

夢は次々に場面を変えた。
馬に乗った騎士・・・美しい王子妃・・・王城の女官たち・・・クリスティーネとそれから・・・。
誰が誰なのかもうわからない・・・息ができない・・・。

 

 

「ナターリエ様、ナターリエ様・・・、夢でございますよ」
アーベルに起こされ、ナターリエははっと目を開けた。
呆然と部屋の中を見回すうち、泣きながら眠ってしまったのだとようやく悟る。
窓の外はもう暗くなっており、部屋には小さな明かりが灯されていた。
ナターリエは申し訳ない気持ちに襲われる。

 

「ごめんなさい・・・もう夜中なんでしょう?」
「いいえ、まだ宵の口ですよ・・・早くに休まれましたからね」
「私、大丈夫ですから・・・どうぞお部屋でお休みになって・・・」
ナターリエは母には辛く当たられ、父からは関心を払われず、実家の城には親身に世話をしてくれるような乳母も召使もいなかった。
「こんな時にあなた様を一人になどできませんよ」
「一人にできないだなんて・・・どうして?」
その言葉にアーベルは小さく首を振った。この少女もなかなか重症のようだ。

 

「今日は大変な一日でしたでしょう。心配されて当たり前ですよ。気など使わず甘えておいでなさいませ」
アーベルの言葉にナターリエは本気で戸惑っているようだ。
探るような瞳でアーベルを見る。

 

彼女のその様子に、アーベルはある少年のことを思い出す。
先の王妃へレーネが王城に引き取った、あの少年・・・あの子も平気なふりをするのがとても上手だった。

 

「・・・あなた様は、マティアス様と似ていられますね」
「え?」
アーベルの言葉にナターリエはきょとんとした。
マティアスとは、あの自分を助けてくれた騎士・・・彼と自分が?
「もちろんお姿ではなくて・・・雰囲気が似ているのですよ。あのお方も・・・」ひどい家庭で育ったとはさすがに言いかねる。「・・・とても我慢強いお方で。子供の頃は特にね」
「そう・・・ですの・・・」
アーベルの話がよくつかめず、ナターリエはただそう答えるしかなかった。

 

アーベルもそれ以上は言わなかった。
「さ、お着替えをしてさっぱりいたしましょう。その後はお腹に何か入れて、それから朝までお休みなさいませ」
元気付けるようにナターリエの腕をさする。
「遠慮も考え事もなしですよ。とにかく、しばらくの間はね」

 

いたわられたナターリエは自分でも理由のわからない涙をぽろりとこぼし、それを見たアーベルは彼女を優しく抱きしめた。