小説「光の物語」第79話 〜冬陽 6〜

小説「光の物語」第79話 〜冬陽 6〜

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冬陽ふゆび 6

「さて困ったな・・・あなたがこんなに忙しくしていようとは。余計なことをしてしまったかもしれない」
マティアスは考え込むような仕草をした。
「え?」
ナターリエはさっきから彼が抱えている袋が気になっていた。
まるく膨らんだずだ袋が彼の身なりにどうもしっくりこない。
それに、なんだか動いているような・・・?


「まあ!」
袋からひょこっと顔を出した白猫に彼女は目を丸くした。
「あなたに会いたそうにしていたのでね、連れてきたんですよ」
驚きのあまり言葉もない彼女にマティアスは笑ってそう言った。
その間も部屋の扉や窓が閉まっているか目を走らせる。万が一逃げ出してしまってはことだ。


袋を床に置いてやると猫は一目散に部屋の隅に逃げ、家具の奥の手が届きにくいところに隠れてしまった。
「まあ、あんなところに・・・」
ナターリエとマティアスは猫の近くに行ってなだめるが、猫は出てこようとしない。
「出てらっしゃい、ねえ・・・」
ナターリエが優しく猫に呼びかけるのを、マティアスは心地よく聞いた。
「大きくなったのね。それに・・・ずいぶん太ったのではなくて?」
原因に心当たりのある彼は黙っていることにした。


「マティアス様がおいでになったとか・・・?」
ふいに入ってきたアーベルが、部屋の片隅に座り込んでいる二人に不思議そうな顔をする。
「いったい何をしておいでで?・・・おやまあ!」
「アーベル殿、まずは扉を閉めて・・・」あわてて彼女に駆け寄り、マティアスは扉を閉めた。
「どこから入り込んだものですかね?まあまあ・・・」
青い目でじっと見上げる猫に首を振りつつアーベルは呟く。
「私のお友達ですの・・・アーベル様、ここに置いてやってもよろしい?」
すがるような瞳のナターリエを見てアーベルは察し、マティアスに視線を移した。「あなたのしわざですね?」


「シエーヌからの客人ですよ。ナターリエ殿とは旧知の間柄のようでして」マティアスは笑いを噛み殺して言う。「領主殿を元気付けるのもあるいは勤めかと思った次第・・・シエーヌの管理をあずかる者としては」
「なるほど、なるほど・・・」アーベルは何度も頷きながらそう言った。この悪童め。
「ではこういたしましょう。この猫をここに置く代わりに、あなたはナターリエ様をご友人の婚礼にエスコートなさること」
「何ですと?」マティアスはあっけに取られた。


「その前に一度、ナターリエ様をどこかにお連れしてくださいな。いきなり華やかな場では刺激が強うございますからね」
「ちょっと・・・お待ちください。私もそれなりに用事を抱えて・・・」
「こんないたずらをできるくらいなら大丈夫ですよ」
「しかし・・・」
「これもナターリエ様を元気付けるためですよ」


ナターリエは二人のやり取りをはらはらして眺めた。
マティアスとどこかへ行く?クリスティーネの婚礼にも?
そんな・・・でも猫がいてくれるなら・・・。


その時、家具の奥にいた猫がそわそわと落ち着かない様子をしだした。
と思うまもなく、その場にうずくまって粗相をする。
床の上に水たまりが広がっていくのを、ナターリエとアーベル、そしてマティアスは無言で眺めた。


「・・・わかりました。仰せの通りにいたしましょう」
マティアスはアーベルにぼそりと答え、アーベルは鷹揚に頷いた。