小説「光の物語」第88話 〜深雪 1 〜

小説「光の物語」第88話 〜深雪 1 〜

スポンサーリンク

第88話 〜深雪 1 〜

クリスティーネの婚礼の翌朝、マティアスの部屋を訪ねたディアルは整えられた旅支度に驚きの表情を浮かべた。

「ずいぶん急な出立だな」
従兄弟の問いにマティアスは答える。
「これでも遅いくらいだ。本当ならもう戻ってるはずだったんだから」
「それにしてもな。昨日の疲れもあるだろうに」
ディアルは寝台に腰掛けて足を組んだ。


「昨夜はいつの間にかいなくなったようだが、ナターリエ嬢は大事ないか?」
「ああ。久しぶりの外出で疲れが出ただけだよ」
マティアスは苦笑いして付け加える。
「私が彼女をどうにかしたなんて思ってくれるなよ。きちんと送り届けたと、アーベル殿に聞けば証言してくれるさ」
「そうは思っていないが」
答えるディアルは複雑な気分だった。ナターリエの将来ももちろん大事だが、親友である彼にも幸せになってほしい。
もしもこの出会いがその契機になるのなら、こんな嬉しいことはないのだが・・・。


「彼女、社交をするにはまだ時間が必要かな」
ディアルはナターリエの調子を慮る。
「明らかにな。それに彼女にはもう一つ足りないものがある」
「なんだ?」
「付き添いの女官だよ。彼女には決まった供はいないようだな」


言われたディアルは思い浮かべるが、たしかにナターリエの周りにそうした者を見た覚えはない。
「おおかた人が居つかなかったんだろうな。ベーレンス夫人に耐えかねて」
「社交に戻るまえに誰か選んでやれ。信頼できる世事に長けた者がいい。妃殿下とアーベル殿によく相談して・・・」


ディアルのにやにや顔に気づいてマティアスは言葉を止める。「なんだ?」
「いや・・・まるで保護者だと思って。ずいぶん彼女を気にかけてるんだな」
「これも務めだ。領主殿には安全でいてもらわないと」
「ああ、その通りだな。彼女には手紙を書くつもりか?」
嫌なところを責めてきやがる。マティアスは顔をしかめそうになるのをこらえた。
「おまえに送る報告書の写しを送るよ」
必要に応じて変更はするが・・・それは言うことはあるまい。


「そんな手紙をもらって喜ぶ女性がいると思うか?」
ディアルは不満げだ。
「女性じゃない。領主殿への手紙だ」
マティアスはにやりと笑い、荷物を運ぶ従者を呼ぶ。


「道中で大雪がくるかもしれん。気をつけて行け」
ディアルは従兄弟の出立を惜しむ。彼がいない王城はなんとも味気ないと、ここ数ヶ月実感していたのだ。
「ああ。おまえも体には気をつけろ。妃殿下にもよろしく伝えてくれ」背中越しに付け加える。「ご夫君のお節介を何とかしてくれとな」


「それが必要なこともあるだろう」
「見当違いだよ」
おもしろくなさそうなディアルにマティアスは笑って言葉を返し、王城の門へと向かった。