小説「光の物語」第98話 〜深雪 11 〜

小説「光の物語」第98話 〜深雪 11 〜

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深雪 11

大雪の後、シエーヌの領内ではあちこちから被害の報告が相次いだ。
雪で道がふさがっただけでなく、倒木や家屋の倒壊も発生している。
マティアスをはじめとする城の人々は連日の会議と対応に追われた。


「お帰りなさいませ、マティアス様」
城下町を視察に行っていたマティアスを馬番の少年ハンスが出迎える。
「ああ、ありがとう」
マティアスは十代なかばの純朴な少年に手綱を手渡した。
「町の様子はいかがでしたか?」
「まだまだだな。ようやく道が通れるようにはなってきたが・・・」
マティアスはひとつため息をついた。シエーヌの街は小さな道が入り組んでおり、こうした場合の影響が大きい。
「きみの家族には大事はないか?」
「はい、近くの村に住んでいて・・・」
言いかけた少年の言葉は途中で途切れた。


どうしたのかと目をやると、ハンスは少し離れたところにいる下働きの少女に目を奪われている。
彼女の一挙手一投足にぼんやりと見とれる様子にマティアスは微笑を誘われた。
「最近入った子なのか?」
マティアスの問いに少年ははっと我に返る。
「いえ・・・一年くらい前に」
「一年?彼女はきみのことを知ってるのか?」
「名前くらいは知ってますが・・・」
ハンスは赤くなって口ごもった。


「どこかに誘ってみたらどうだ?街に出かける時にでも」
「・・・彼女は僕なんて眼中にないですよ、きっと・・・」
「なら眼中に入り込め。彼女の好みを突き止めてな」
その言葉にハンスはますます赤くなる。
「そんな・・・だって・・・」
自信なさげな少年の腕をマティアスはぽんと叩く。
「ぐずぐずしてると他の男に持っていかれるぞ。それでもいいのか?」




書斎に入ると、種々雑多の便りに混ざってナターリエからの手紙が届けられている。
マティアスはその封筒だけを手に取った。
この前の手紙からまだ間がないが・・・何かあったのだろうか?
大きな窓の近くに立ち、久々の晴天の太陽を体いっぱいに浴びる。


封を開くと、いつもとは違いやや大きめの文字で降誕祭の挨拶が書かれていた。
王立修道院へ連れてきてくれたことへの感謝や、字を書けるようになった子供たちから手紙をもらったということも。
そして結びに「あなたのおかげでとても幸せです」と記されていた。


そのシンプルな短い手紙はマティアスの心を温めた。
一度は封筒に戻したものの、また取り出して再び眺めた。
女性からの手紙にこれほど優しい気持ちになるのは、亡き恋人とやりとしていていた時以来だ。
あの頃の自分は彼女からの手紙を懐に入れ、暇さえあれば読み返していた。
それらの思い出が辛い結末に繋がることに変わりはないが、今日の彼は当時の暖かな心持ちをより身近に感じていた。