小説「光の物語」第102話 〜聖夜 4 〜

小説「光の物語」第102話 〜聖夜 4 〜

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聖夜 4

「どうかした?」
礼拝を終えて自室へと戻る道すがら、何か気がかりそうなアルメリーアにディアルが尋ねる。
「ナターリエがなんだか悲しそうで・・・」
挨拶を交わした時、彼女の顔には涙のあとが残っていた。
「彼女にとっては大変な一年だったからね。いろいろ思い出すこともあるだろう」
「ええ、そうね・・・」
小さく答えて回廊を歩く彼女は無言のままだ。


「気にしていることが他にもあるようだね。どうした?」
腕にかけられた彼女の手に手を重ねる。
「・・・昨年この回廊で願ったこと、叶いませんでしたわね」
妻のその言葉にディアルは考えを巡らせる。昨年の降誕祭に話したことといえば・・・。
「子供のこと?」立ち止まって彼女の両手を取る。「そんなに気にしていたの?」
「気にしないわけにはいきませんわ。あなたは王子で・・・」
彼女はうつむいて目をそらす。


ディアルは妻にかける言葉を探した。確かに子供は欲しいし、世継ぎを望む声もあるが・・・。
「ほんとに子供が欲しい?」
その問いにアルメリーアは顔を上げた。
「当たり前よ・・・だって」
彼女の唇に親指を当てて押しとどめた。
「それなら悩み顔はおやめ。それじゃ逆効果だよ」
そのまま親指で柔らかな唇を撫でる。
「本当に子供が欲しいのなら、部屋に戻って私と楽しまないと」


身も蓋もない言い草にアルメリーアは呆気に取られ、込み上げる笑いで涙も止まった。
「なんてことを言うの、もう・・・」
泣き笑いのような声で呟く彼女を腕の中に抱き寄せた。
「悪いね。でも私が無風流者なのはもうばれてるから」
自分の胸に頬を擦り寄せる彼女の頭をそっと撫でる。


「こんな私でも奥さんは好いてくれているようでね。それが救いだよ」
仰向かせた彼女に顔を近づけて言う。
「まあ・・・ずいぶん自信があるのね」
「思い違いかな?」
「いいえ・・・」彼女の顔に愛おしげな笑みが広がった。「彼女はあなたに夢中みたいよ」
笑顔を取り戻した妻の唇に彼は口付けた。


唇を離した後、うっとりともたれかかる妻にディアルは聞いた。
「何を考えてる?」
「・・・なにも・・・」
「いいぞ」彼女の耳元で囁いた。「考えるなら何かいいことを考えて。我々が今年一年幸せに過ごしたこととか、辛い時も共にあったこととか」
言葉を切っていっそう低い声で囁く。「それから格別に艶めかしいことも。降誕祭の夜にふさわしくね」
アルメリーアは自分を覗き込む彼に視線を向けた。
「・・・罰当たりな人・・・」
恥じらう妻に彼は低く笑いを漏らした。


「私が何を考えてるか教えようか?」
明らかな誘い水に彼女は小さく首を振った。そんな話を聞かされては・・・。
「そうだね。ここで話すのは問題がありそうだ。早く部屋に戻ろう」
彼に肩を抱かれ、彼女は夢見心地で回廊を歩き出した。


先ほどまでは沈んでいたのに、いまは薔薇色の霧の中を歩く気分だ。
彼のそばにいるとき、彼女はいつも心に光が差すような心地がする。
回廊の柱の合間からは中天にかかる月が見える。
満月の輝きは王城を穏やかに照らし、寄り添う二人の影を回廊に映していた。