小説「光の物語」第105話 〜手紙 3 〜

小説「光の物語」第105話 〜手紙 3 〜

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手紙 3

「ナターリエには驚きましたわ。とてもきれいになって」
その夜、アルメリーアは書斎でお茶会での出来事を夫に話していた。
「それに領主の務めについても勉強しているみたい。感心なことだわ」
「うん、そうか・・・」
答えるディアルはどこか上の空だ。


「何か気になることでもおありですの?」
彼の生返事に首を傾げて彼女は尋ねた。
「ああ、すまない。ブルゲンフェルトに嫁いだ従姉妹から便りがあってね。王室内のごたごたがいまだに続いているらしい。国王はすっかり疑心暗鬼に陥っていて、きな臭い情勢になってきているとか」
「まあ、なんてこと・・・ミーネ様はご無事ですの?」
夫の腕に両手でそっと触れる。
「今のところはね。だが国王がそんな調子では油断できないな。もしもの場合に備えないと」
ディアルは考えを巡らせる。
従姉妹のミーネ。彼女を亡命させることになるかもしれない。彼女の夫と子供たちも?
父王と話すのはもちろんだが、この件についてはマティアスと連絡を密にせねばなるまい。
彼のいるシエーヌはブルゲンフェルトと国境を接しており、亡命時の鍵となる可能性が高い。


「きみの姉君からはなにも知らせはない?」
アルメリーアの姉もまた、ミーネと同じくブルゲンフェルト国王の甥に嫁いでいた。
「ええ、私と姉とはあまり親しい方ではなくて。母とはきっとやりとりしていると思いますけれど・・・」
「そうか。義母上からはなにも?」
「ええ、なにも」
アルメリーアは小さくつぶやいた。
母からの便りといえば、先日突然送られてきた大きな絵だけだ。
母の関心は自分の芸術のみ、周りの苦難になど気付こうとも思うまい。


「それで、ナターリエ嬢は領主修行をしているわけだね。マティアスはその点も教えてやっているのかな?」
なんとなく沈んだ様子の妻の肩を抱きよせ、話題をもとに戻した。
「ええ。お手紙でいろいろ知らせてくださるらしいわ。それを見て勉強する気になったようよ」
アルメリーアも夫の気遣いを感じ、気分を切り替えて答える。
「いいね。あいつにしちゃ上出来じゃないか」
従兄弟の仕事ぶりは誰よりよく知っているが、だからこそ混ぜっ返したくなる。
アルメリーアはそんな彼の肩をぺちんと叩いた。


「ナターリエ嬢は元気を取り戻し、どうやら社交にも前向きな様子か」
空いた手で彼女の手を握りながらディアルが言う。
「そうですわね。務めとしてうまくこなしたいと思っているみたい」
社交の場での会話のこつを尋ねられたことを思い出し、アルメリーアは微笑んだ。
「王城の図書室にもいい本がないか見に行っていましたわ。帳簿の見方を学びたいとかで」
「なんとも心躍る話だな」ディアルは笑った。「しかし実直ないい子だね。彼女はマティアスをどう思っているんだろう?」
その言葉に込められた願いにアルメリーアは笑みを浮かべた。


「彼女はマティアス様をとても信頼しているわ」
「いいじゃないか。始まりとしては申し分ない」
「それに彼の期待に応えたいと思っているようね・・・つまりよい領主になり、よい結婚をするということ」
「それ以上の感情はないのかな?」
アルメリーアは思わず笑い出した。
「そこまでは・・・それにたとえ彼女がそうでも、マティアス様もその気でなければ」
「手がかりなしか」
ディアルはため息をつき、机に書きかけの草稿を広げた。
二人がそうなった場合に備え、結婚交渉の案を書いてみているのだ。


「これの出番が果たしてあるのかどうか」
ディアルは草稿を見て頭をひねり、アルメリーアは立ち上がって彼に背中から腕を回した。
「お友達思いな方」彼の髪に優しくキスをする。「マティアス様はお幸せね」
「あいつがそう思うかは定かじゃないがね」
胸元に回された妻の手を彼は握る。


「マティアス様へのお手紙に書いてみてはいかが?ナターリエが誰かに出会うたび」
「そういえば前にもそんなことを言っていたね」
ディアルは首を回してうしろに立つ妻を見た。
「それでマティアスの反応を見ろと?」
「ええ、そう」
アルメリーアはさらりと答え、ディアルは喉の奥で笑った。


「それでも動かないようでしたら、気持ちがないという事でしょう?」
「理論上はたしかにそうだが、あいつは素直じゃないからな」
ディアルは彼女の胸に背をあずけてため息をつく。
マティアスがナターリエを思っているというのも自分の勘でしかないわけだが・・・。
「そうね、一筋縄では行かなそう・・・」
アルメリーアはマティアスのことを考えた。
辛い子供時代を過ごし、大切な恋人を両親に奪われたマティアス。
きっとあの社交的な笑みの影にたくさんの感情を隠してきたのだろう。
夫と同じく自分も彼に幸せになってほしいが、それにはまず彼の気持ちがわからなければ・・・。


「好きな女性が絡む場合、殿方はどんなことを聞くと嫉妬なさるのかしら?」
「そりゃあ、なんでもだよ。自分の相手に他の男の影があれば」
「まあ、そうなの」
アルメリーアは微笑んで彼の頬に頬をつけた。
「じゃあ、マティアス様が嫉妬なさるか試してみて。ことあるごとに」


ディアルは笑いに体を震わせた。「意外に残酷なんだな」
アルメリーアは彼の耳たぶにそっと唇をつけた。
「これが残酷になるのは、あの方がナターリエを思っていた場合だけよ。そうでなければお喜びになるはず」
耳に触れる感触に笑みを浮かべつつ彼は答えた。
「男心も意外に複雑なんだよ」