小説「光の物語」第121話 〜王都 7 〜

小説「光の物語」第121話 〜王都 7 〜

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王都 7

夜会の翌日、ナターリエは修道院の居間でテレーザと話し込んでいた。
前日にマティアスから言われたとおり、ブリギッテの言動を相談してみたのだ。


「そのご令嬢は少し危ない感じがしますわね」
「危ない?」
テレーザの言葉にナターリエは首を傾げる。
ブリギッテに対して違和感を抱いてはいるナターリエだったが・・・危ないとは?
「時々いるのですわ。お友達顔をしながら掠め取る輩が」
「掠め・・・」ナターリエはぽかんとした。「何を取るというの?」
「いろいろですけど、この場合はあなた様がお付き合いする方々ですわね。あなた様にまとわりついては、ちょっとした隙に自分を売り込んでいるのですわ」


「あなた様より自分の方がいい物件だとね」
少し離れた椅子に座っていたアーベルも話に入ってきた。
「マティアス様とあなた様が特別な関係であるかのように、青年たちに思わせようとしたのですね・・・彼らがあなた様を諦めれば、彼女の取り分がそれだけ多くなりますから」
ナターリエは呆気にとられるばかりだったが、テレーザはわが意を得たりとばかりに大きく頷く。


「その通りですわ。昨年から社交界にいるうんぬんについては、申し上げるまでもございませんけど」
社交界にデビューしたその年に結婚相手が決まらないのは、不名誉とはいわないまでも大声で言いたいことでもなかった・・・特に娘たちにとっては。
「猫撫で声の奸物は意外と多うございますからね。そこは心得ておいでにならないと」
女官長時代に見てきたいさかいの数々を思い出してアーベルはため息をついた。


「で、でも・・・私からお相手を遠ざけたとしても、その方々が彼女に好意を抱くとは限らないのに・・・」
狼狽するナターリエにアーベルは首を振る。
「理屈は通用しないのですよ。そういう人間もいるということです」
テレーザも加わる。
「そうですとも。しかるべき対処をいたしませんと。そんな三下にお幸せを邪魔されてはいけませんわ」
年長の女性二人の迫力にナターリエは気圧されるばかりだった。




王城のマティアスは頭を抱えていた。
ディアルに煽られてむきになってしまったことにも腹が立つし、結果としてナターリエの夫選びに割り込んでしまったことも悔やまれる。
まったく私としたことが。


朝一でディアルが押しかけてくるかと身構えたが、意外にも平穏な時間が流れている。
どうしたことだ?あいつらしくもない・・・。
しかしマティアスにとってはそれも好都合、ちょうど入ってきた小さな用事にかこつけ、さっさと外へ出かけていった。




一方のディアルは寝不足の朝を迎えていた。
昨夜のダンスにやきもちを焼いたアルメリーアを明け方まで寝台でなだめていたからだ。
行動の意図を知ってはいても、夫が他の女性と意味ありげに踊る光景は面白くなかったらしい。
といっても実際はそれを口実にしてじゃれていたのだが・・・。


「困った人だね、こんなところに跡をつけて」
人から見えそうなところにキスマークをつけられ、鏡を見た彼は苦笑した。
「着るものをよく選ばないと・・・それにすっかり寝坊だよ」
鏡の中で目が合った彼女は寝台から眠たげに微笑んだ。


「マティアスはどうしてるかな。私の諸々の努力が報われるといいんだが」
「しばらくそっとしてさしあげたら?あの方も考える時間が必要でしょう」
「考えさせたらいつも通りうまく逃げるだろうよ」
「それならそれが答えではなくて?」


ディアルは寝台に腰掛けて妻に顔を近づけた。
「こういう時のきみは意外と厳しいね」
アルメリーアは小さく笑って軽いキスを返した。
「世の中があなたのような方ばかりならいいけれど・・・残念ながらそうではないもの」
そう答えるアルメリーアは、婚礼の夜の夫の言葉にどれほど信頼感を抱いたかを思い出していた。




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