小説「光の物語」第123話 〜王都 9 〜

小説「光の物語」第123話 〜王都 9 〜

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王都 9

外出からの帰路、マティアスは馬上からナターリエの住む王立修道院を遠くに眺めていた。
昨夜のダンスでディアルから彼女を取り戻したあと、マティアスは一曲だけそのまま踊った。
始めは王子と踊ったことに夢うつつだったナターリエだが、しっかり抱いて言葉を交わすうちに彼の元に戻ってきた。


彼女を腕の中に抱いているのはあるべき場所にあるべきものが収まったような感覚だった。
彼女もそう感じているように思えた。
恥じらいと信頼の眼差しをマティアスに向け、そっと身を寄せてきた様子がたまらなくいじらしかった。
曲が終わった時は彼女を離すことに違和感すら感じた。


だがマティアスはナターリエと離れて夜会を後にした。
その行動が彼女を戸惑わせるとわかっていながら。


あるべき場所にいるという感覚、その熱と胸の痛み・・・それはマティアスの中では亡き恋人と分かち難く結びついている。
そして彼女の記憶は突然の別れによる絶望に結びついていた。
その傷は今でも癒えずに膿んだままであり、触れそうになる何もかもをマティアスから遠ざける。


次第に暮れていく景色の中、いくつもの尖塔を持つ修道院は影となって浮かび上がっていた。
あのどこかにナターリエはいるのだ。
いまごろ何をしているのだろう。
時には彼を思うこともあるだろうか?
我ながら感傷的だと自嘲しつつも、マティアスは夕闇の中にとどまり続けていた。



修道院の庭を歩くナターリエは昨夜のマティアスを思い返していた。
王子と踊れたのはすてきで名誉なことだったが、それでもマティアスといられた時の幸福感には代えがたい。
昨夜は嬉しい驚きに満ちた夜だった・・・踊り終えた後、マティアスがすっといなくなってしまったことを除けば。


マティアスが自分と踊りたいと現れた時、ナターリエはひっくり返りそうなほどどきりとした。
彼にその気はないと思い込んでいたのに、そうではないのかもしれないと・・・。
それに踊っている時の彼の雰囲気もいつもとは違っていた。
どこがとは言い切れないけれど・・・自分を見る表情、腕の力、体から発する熱・・・以前よりずっと彼を近くに感じられた。
彼の腕の中に収まっているのはごく自然なことで、彼も同じように感じていると。
このままずっとこうしていられるのだと。


でも・・・そうではないのだ。
だから彼は踊り終えるとすぐに姿を消してしまったのだろう。
自分に誤解を与えてはいけないと思ったのかもしれない。
でもそれならどうして王子と代わったりしたの?


「・・・マティアス様のばか」
ナターリエは小さな声でそうつぶやいた。あれも管理者の務めを果たしただけだというの?
手が届かないなら届かないままでいてほしい。
夢だけ見させていなくなるなんて・・・ひどい。


「ばか・・・」
泣きそうな声で言いながらもナターリエは思っていた。
今この瞬間、マティアスがひょっこりこの庭に現れてくれればいい。夕映えの光に包まれて。
それだけで、何もかも忘れて許してしまうのにと。