小説「光の物語」第124話 〜王都 10 〜

小説「光の物語」第124話 〜王都 10 〜

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王都 10

王城に戻ってほどなく、マティアスの部屋にディアルが訪ねてきた。
やっぱり来たかと思いつつ、平静を装って酒の瓶を手に取る。
「朝早くから出かけていたんだな」
酒の勧めを手振りで断りながらディアルは椅子に腰掛ける。
「ちょっと野暮用が入ったんでね」
グラスを口に運びつつマティアスは答えた。


「ところで、おまえとナターリエ嬢が結婚する場合だが」
あまりの話の飛躍にマティアスは飲みかけた酒を吹き出した。
「・・・一体なにを・・・いつの間にそんな話になった?」
むせて咳込む合間にマティアスは尋ねる。


「まあ聞け。知っての通り、彼女は早く身を固めてシエーヌに戻らねばならぬ身だ。宮廷の男達に人気だし、縁談も山ほどある。若くて魅力的で裕福な女伯爵となれば当然だが」
マティアスは思わず鼻を鳴らしそうになった。そんな求婚者の目当てなど知れたことだ。
「定石なら彼女に似合いなのは貴族の次男坊あたりだろう。相続権がないために僧院に入ったり、宮仕えしたりしている男だ。だが、おまえが名乗りを上げるなら話はまた別だ」
「・・・なぜ私が?」
マティアスの探るような問いをディアルは一笑に付した。
「よせよ。公衆の面前で私から彼女を横取りしておいて」
マティアスは口元を引きつらせた。王子が踊っている相手を奪うなど、宮廷では考えられないことなのだ。
「領主殿の評判を守るためだよ。王子と噂にでもなれば彼女の縁談に差し支える」
苦し紛れのマティアスの答えをディアルは取り合わずに続けた。


「おまえが彼女に求婚すると仮定して・・・おまえの実家の公爵領と彼女のシエーヌ領が一緒になるのは、国内の均衡を保つためには具合が悪いんだ。一つの家が大きくなりすぎるのは騒乱の元だからな」
「・・・つまり?」
マティアスは少々意外な気がした。ディアルはナターリエと自分をくっつけたいのだと思ったが、むしろ逆なのだろうか?


「つまりもし彼女と結婚するなら、おまえは相続時に領地をいくらか返上せねばならん。その時の時勢にもよるが、おそらく。シエーヌから返上させる手もあるが・・・」
それ以上は言われずともマティアスにはわかった。あの地は厄介な隣国ブルゲンフェルトとの国境に近いから、揉め事はできるだけ避けたい。
「彼女との関係を進めるなら、その点を含んでおいてくれ。ごく普通の貴族の令嬢をもらうだけなら何も失わずにすむが・・・おまえがそんな理由で相手を選ぶとも思えないしな」



「私は結婚などする気はない。知っているだろうに・・・」
考えたくもない話題にマティアスは苛立つ。
「ああ。だが彼女は結婚する。おまえでなければ他の誰かと。本当にそれでいいのか?」
何かを言いかけたマティアスだが、ディアルの首筋に残るキスマークにはたと気づいた。姿勢を変えた拍子に襟元から少しだけ覗いたのだ。
「・・・その服では隠しきれないようだぞ」
自分の首を指差してそう伝えると、ディアルは少しばつが悪そうな顔になってその部分に手をやった。
「奥方のしわざか?仲のいいことだ」
昨日のダンスはアルメリーアも承知のことだったのだろう。あっさり嵌められてまったく忌々しい。


「妃殿下もナターリエ嬢を私にと?」
ディアルは小さく思い出し笑いした。アルメリーアの意外な辛辣さを知ったらマティアスは驚くだろうな。
「いや・・・彼女はそっとしておけと言ってる。本人が決めることだと」
「そうか、誰かよりも賢明だな」
従兄弟らしい皮肉にディアルは苦笑する。
「その通りだろうが、彼女はセシリアがいた頃のおまえを知らないからな」
亡き恋人の話題にマティアスは毒気を抜かれ、息をついて自嘲気味につぶやいた。
「・・・馬鹿な子供だった頃をか?」
ディアルは笑みを浮かべて首を振った。
「愛と生気に溢れていた頃をだよ。なぜだか、ナターリエ嬢と出会ったのはおまえにとっていいことだという気がするんだ」


こう来られては反駁のしようがなく、マティアスは黙ってグラスに口をつけた。
その様子を見てディアルは続ける。
「おまえに伝えておきたいことがもう一つある。流行病の影響で道路整備が遅れたから、各地の責任者と砲兵隊長をまじえて会議することになった。ノイラートが王都に来るぞ。ということは従者のゲオルグもだ」
その名前にマティアスははっとした。ゲオルグ。ナターリエに失恋の痛手を負わせた男。いまの彼女にはそう簡単に近づけまいが・・・。
「あの手の男は一人に執着しなそうだが、万一ということがある。よく気を配ってくれ。ナターリエ嬢にもおまえから伝えた方がいいな」
「・・・私から?」
さりげなく話を運びやがって。マティスは眉をひそめて問い返す。
「ああそうだ。シエーヌの管理者であり、彼女と因縁のあるおまえからだ」
にやりとして答えるとディアルは立ち上がった。


「わかっているとは思うが一応言っておこう。彼女の夫になる男は、意味ありげなダンス以上のことを彼女にするんだぞ」
従兄弟の言葉に思わず立ち上がりかけたマティアスだが、なんとか抑えて腹立たしげに独りごちた。
「・・・おまえほど癇に障る奴はいないな」
ディアルは低く笑ってドアに向かった。
「褒め言葉だと思うことにするよ」