小説「光の物語」第132話 〜王都 18 〜

小説「光の物語」第132話 〜王都 18 〜

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王城 18

「ナターリエお姉さまは修道院にお住まいなんですって?どうしてですの?」
狩猟が催された昼下がり、相変わらずつきまとう少女ブリギッテは無邪気そうな笑顔でそう聞いてきた。
彼女の言葉に真面目に応対しないことにしているナターリエは「見聞を広めているのよ」とそっけなく答えた。
誰かにそっけなくすること自体が以前のナターリエには考えられないことだったが・・・これもある種の進歩かと彼女はひとり苦笑する。


ブリギッテを敬遠するのを自分に許したことで、見えてきたものがいろいろある気がこの頃はしていた。
それはおそらく自分の中にもある嫌悪や、怒りの感情など・・・以前は気づくまいとしていたものだった。
というより、何のとりえもない自分が怒るなどおこがましいとすら思っていたのだ。
その思い込みから解放されるにつれ、いろいろな感情の表し方を考えられるようになっていた。
だからといってクリスティーネやテレーザのすすめるような方法を取るのはためらわれるが・・・。


「そうですの?私はてっきり、お姉さまは修道女になられたいのかと」
含み笑いしながらブリギッテが言う。
「お姉さまなら神様の妻になる方がふさわしいかもしれませんわ・・・生身の殿方に嫁がれるよりずっと」
うるさくまわりを飛び回る蝿のようなブリギッテにナターリエの中でふと何かが変わり、つい先ほどまで抱いていたためらいもあっさり消えた。


「まさか・・・この世には素敵な殿方がたくさんおられるのに」
ナターリエは意味ありげにつぶやき、離れたところに立つ一人の青年に目をやる。
それは先日テレーザから教わった、たいした遊び人だという男だった。名前はバルト家のカールと言ったか・・・。
彼の方は使用人と話しながら狩場の方を見ていて、こちらには気づいていない。


いかにも思い入れたっぷりに彼を見つめたあと、ナターリエはため息をついて目をそらす。
その様子を見ていたブリギッテも、ナターリエが見ていた魅力的な美丈夫に目をつけた。



クリスティーネが授けた作戦はこうだった。
「ナターリエ様、そのいやな子を宮廷の遊び人に押し付けてやるのよ。遊び人の情報はテレーザに調べてもらって」
「遊び人に押し付ける・・・?」
意表をつく話についていけず、ナターリエは繰り返す。
「押し付けるわけでもないわね・・・ただその子に思い込ませるの。ナターリエ様はその遊び人に気があると」
そう話すクリスティーネの、天使と悪魔が同居するかのような様子にナターリエは絶句する。
「そんな意地汚い子なら、きっとあなたの意中の相手を横取りしようとしてよ。相手がとんだ食わせ物だとも知らずにね。いい気味じゃなくて?」
「ま、まあ・・・クリスティーネ様ったら・・・」
楽しげに笑うクリスティーネにあっけに取られる。

「私も以前同じようなことをしたの・・・効果はあったわよ。なんというか、人の邪魔をするのが生きがいみたいな子っているのよね。その後どうなったかは知らないけど・・・」
クリスティーネはくすくす笑い、横にいるテレーザは笑いをこらえている。
はじめは友人の思わぬ策士ぶりに唖然としていたナターリエも、次第に笑いが込み上げてくるのを感じていた。
思い返すと今でもつい笑ってしまう。


この作戦がうまくいくかは、何よりもブリギッテの性質にかかっているのだとナターリエは気づいた。
ナターリエにまとわりつきはしていても、横取りしようとまでするのかはわからない。
いくらブリギッテでもそこまではしないかも・・・。

思いを巡らしつつ、ことあるごとに件の遊び人、カールに視線をさまよわせる。
彼に気づかれないように、しかもブリギッテに気づかれるように気のあるそぶりをするのはなかなかの難事だった。
クリスティーネもさすがにそこまでは指南してくれていない。


その日の夜会でブリギッテはナターリエの近くではなく、カールを取り巻く人々の輪に紛れ込んでいる。
彼女の行動を目の当たりにしたナターリエは、驚くやら呆れるやらの不思議な笑いをこらえられなかった。