小説「光の物語」第134話 〜王都 20 〜

小説「光の物語」第134話 〜王都 20 〜

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王都 20

「おや、思わぬところで会いましたね」
「マティアス様・・・」
王城の図書室で本を探していたナターリエは、ふいに現れたマティアスの姿に胸を高鳴らせた。


「なにかお探しですか?」
彼に尋ねられ、ナターリエは何となく照れながら答える。
「ええ、家畜の本を少し・・・」
修道院の図書室にはその手の本は少なかったため、ここに読みに来ていたのだ。
「家畜ですか」マティアスはにっこりとした。「向こうの棚にあるかもしれないな。見に行ってみましょう」
何気なく背に当てられた彼の手にどきどきしつつ、導かれる書棚へと移動した。


「勉強に励んでいるようですね」
本を選ぶのを手伝いながらマティアスは言う。
「でも、難しい話も多くて・・・」ナターリエは苦笑する。「知るべきことが多くて驚いていますわ。本当に・・・」
父であるベーレンス伯爵がナターリエに無関心だったこともあり、彼女には領主の務めを知る機会がほとんどなかった。


「領主の皆様はこんなに色々な知識をお持ちだったのですね・・・」
今更ながらやっていけるか戸惑う彼女をマティアスは励ます。
「皆がというわけでもありませんよ。地位があっても学ぼうとしない者もたくさんいます」
彼女が選んだ何冊かの本を持ってやり、そのうちの一冊をめくる。
「あなたには思いやりと学ぶ姿勢がある。きっとシエーヌのよい領主になりますよ」
彼の言葉にナターリエは優しく心を包まれる心地がした。



「シエーヌでしばらく過ごして気づきましたが、領内の道が全体的に手狭ですね」
図書室での用事をすませたあと、庭を散策しながらマティアスは言う。
「そうなんですの。その点は父もよく申しておりましたわ。悪天候に弱くて困ると・・・」
きちんとした薫陶ではないにしろ、家臣や来客と話しているのを耳にすることは折々にあった。


「地形と、あと混乱期に無計画に建てられた建物が多いとかで。整備するにもかなり費用がかかると」
「ええ。この冬の大雪の影響もかなりのものでした。今後のためにも少しずつ整備したいところですね。大がかりな計画が必要になりますが」
国を挙げての道路整備の計画に携わったマティアスには、必要なものは大体予想がついた。
シエーヌの街を整備するとなれば十年単位の計画になることだろう。
十年後か・・・マティアスはふと疑問を覚える。その頃自分はどこで何をしているだろうか。


「今後のために・・・」
ナターリエは彼の言葉を繰り返す。
「私も何かしたいですわ・・・小さな子どもたちのために。読み書きができない子や、早くに勉強を諦める子たちがシエーヌにもたくさんいるはずですから」

彼女の口から出た思いがけない言葉にマティアスは少し驚いた。
だが、考えてみれば彼女らしいとも言える。
彼女は領主になる前から、騎士見習いのパトリック少年に読み書きを教えてやっていたのだ・・・それを思うとマティアスの胸には温かいものが広がった。


「あなたならではの視点ですね」
微笑んで答えるマティアスにナターリエは気恥ずかしくなった。
「馬鹿げたことを言ってしまったでしょうか・・・」
俯いて自信なさげにつぶやく彼女にマティアスは言う。
「とんでもない」彼女の肩に手を置いた。「あなたを誇りに思いますよ」


そんな言葉を初めて言われたナターリエは感激に呆然とし、口もきけない思いだった。
マティアスは笑みをたたえたまま、彼女を促して再び歩き出した。