小説「光の物語」第138話 〜王都 24 〜

小説「光の物語」第138話 〜王都 24 〜

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王都 24

その日、ナターリエは王城で心はずむ時間を過ごしていた。


王子妃のサロンでは、以前読み書きを教えたパトリック少年と久しぶりに顔を合わせた。
少年は休暇から戻ったばかりで、久しぶりに会った家族のことを嬉しそうに話してくれる。


「兄たちも王都に行ってみたいって・・・特に、すぐ上の兄からはすごく羨ましがられました」
「あら、そうなの?」
少し得意そうな少年に、その場に居合わせていたアルメリーアともども笑みを浮かべる。
「はい。兄は本が大好きなんです。王城の図書室のことを話したら、きっと自分の読みたい本が全部あるって」
「そうなの・・・お兄様のお気持ち、わかる気がするわ」
自身も本が好きなナターリエは、パトリックの兄に共感を覚えた。


「そういえば」と少年は続ける。「兄はナターリエ様がいらっしゃる王立修道院の図書室のことも知ってました。高名な蔵書がたくさんあるすごい所なんだって」
「まああ・・・」
パトリックの兄はまさしく学究の徒のようだ。ナターリエは思わず感嘆のため息をついた。



続く夜会では、たくさんの青年がナターリエに話しかけてくる。
ナターリエは当たり障りのない応対に終始していたが、それが逆に彼らの心をかき立てるようだ。
もっと愛想良くしなくてはと思うものの、なかなか気持ちが乗らなかった。
本当は夜会になど出ず、ただマティアスを思っていたいのだ。
結婚は領主である自分の義務だとわかってはいるが・・・。


そのとき背後にふわりと暖かな気配を感じ、ナターリエの心はときめいた。
ここ最近で親しんだ香りに、振り返る前からそれが誰なのかを察知する。


「楽しんでいますか?」
そう尋ねてくるマティアスの声に、ナターリエは全身が息を吹き返す思いがした。
自分を見る彼の眼差しは優しく、軽く背に添えられた手は温かい。
「マティアス様・・・ええ・・・」


取りとめもない言葉を彼と交わしながら、ナターリエは湧き出るような幸福感を味わう。
彼も自分を好きになってくれればいいのに・・・彼女は願わずにいられない。
義務で選ぶ誰かではなく、マティアスと一緒にいられるものなら・・・。
彼と過ごせば過ごすほどその思いは強くなる。


夜会の参加者たちはナターリエの意識の外に追いやられた。
マティアスといる間は他の青年たちも話しかけてこない。
身分も高く、手腕も優れた彼にはみな遠慮するのだろう・・・ナターリエはそう思った。
他の誰とも話したくない。このまま彼とこうしていたい。


マティアスは彼女の物憂げな様子に引きつけられていた。
彼女は自分に好意を・・・いや、もっと強い感情を抱いているのだろうか?
自分はそれに応えたいのだろうか?
このところ習慣になってしまった問いが頭の中を堂々巡りする。


ナターリエは気づいていなかったが、マティアスは彼女に近づこうとする青年たちをさりげなく牽制していた。
深い考えがあってのことではなく、ただそうせずにはいられないのだ。
彼女を他の男から遠ざけながら、将来を共にする決心もつかない・・・あるまじきことだと我ながら思う。
彼女に確固たる人生を与えるのが自分の務めだというのに。


身動き取れない心のままマティアスは彼女と話し、笑わせた。
音楽が始まれば彼女と踊り、夜会の間じゅう独占した。
二人とも他の相手など目に入らないかのようだ。
居合わせた人々は二人の仲を推測し始める。


離れた席からその様子を見ていたディアルとアルメリーアも、実に落ち着かない気分だった。
どう見ても二人は似合いだし、互いに深く思い合っている。
障害となるものはマティアスの迷いだけのようだ。
発破をかけたくてじりじりするディアルをアルメリーアはなんとかなだめていた。



やがて散会となり、ナターリエは馬車に揺られて修道院へ帰る。
付き添うテレーザも、日ごとに女らしさを増す主人を静かに見守る。
窓の外を見ながらそっとため息をつくナターリエ。
彼女がマティアスのそばで美しく花開くことをテレーザは祈った。


夢見心地のまま自室に戻ったナターリエは、机の上の小さな封筒に気がついた。
誰からだろう・・・?
シエーヌから?それとも、修道院の子供たちがまた手紙をくれたのだろうか?
そう思いつつ封を切る。


読み始めた彼女は思わず手紙を取り落とした。
これは・・・まさかこんな・・・。
だが、書かれている内容を見れば間違いはなかった。
そして・・・手紙の結びに記された「G」とは、あのゲオルグに違いなかった。