小説「光の物語」第139話 〜王都 25 〜

小説「光の物語」第139話 〜王都 25 〜

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王都 25

蝋燭をひとつ灯した机に向かい、ナターリエはゲオルグからの手紙を広げていた。
最初の動揺は収まったものの、彼女の胸中はいまだ乱れたままだった。
その胸苦しさは、ゲオルグに夢中になっていたあの頃をまざまざと思い起こさせる。


ゲオルグから手紙をもらったことなど一度もなかった。
彼とは王城の庭で待ち合わせて話をするだけだった。
隠れてこっそり泣いていた自分を彼が見つけた、あの背の高い植え込みの庭園で・・・。


あの頃の自分は母に怯え、父の無関心に傷つき、その苦しみからなんとか目を逸らそうとしていた。
同時に王子妃夫妻の睦まじさやクリスティーネの恋愛に憧れ、彼女たちのようになりたいと切望していた。


そんな時に現れた彼に、まるで救いを求めるように夢中になってしまったのだ。
彼はすらりとして目を引く容姿で・・・優しく慰めの言葉をかけられた彼女は有頂天になってしまった。
ようやく耐え難い寂しさから逃れられる、自分も妃殿下やクリスティーネのようになれるのだと。


何度か会って話すうち、夢を語る不幸な彼の助けになりたくなった。
亡き兄と違って自分は家族のはぐれ者だと・・・そう語っていた彼の悲しげな眼差し。
兄の後を無理矢理継がされたあげく、給金が乏しくて結婚もできないという身の上。
それでも暖かい家庭を諦めきれないと笑いながら言う彼に、ナターリエは熱烈に同情した。
自分の愛情で彼を救ってあげたい、そうして二人幸せになるのだと思い込んだ。



だが、自分が彼に与えるものはいつも少しだけ不足なようだった。
不幸な身の上話を信じ、苦難に耐えてきた彼を心から賞賛しても・・・あるいは抱擁やキスを許しても・・・。


自分はあなたにふさわしくないと事あるごとに言う彼に、そんなことはないと伝えたかった。
思い出に彼女の持ち物がほしいと言う彼に、はじめは金の耳飾りを与えたのだ。
だが、それだけでは足りない気がして・・・なぜかそう言われている気がして・・・もっと彼に喜んでほしくて・・・家宝まで差し出してしまい・・・。


ナターリエは思わず顔を覆う。
なぜ自分はあのブローチを・・・?
ベーレンス家に代々伝わる宝。
自分からもまた次の世代に受け継ぐべきものだったのに・・・。


立ち上がって小さな宝石箱を開く。
マティアスが取り戻してくれた耳飾りはここにしまってあるが、あれ以来一度も着ける気にはなれなかった。
王都の質屋に持ち込まれていたというこの耳飾り。
虚しさがナターリエの心にのしかかる。


ゲオルグからの手紙には、数日後の夜会の晩に王城の庭で待つとあった。
誰にも気付かれぬように一人で来てくれ、あなたからの貴重な贈り物はとるに足らぬ自分の支えだったと。
とうの昔に売り払われ、誰かの手に渡ってしまったと思っていたのに・・・。
ベーレンス家の宝、あのルビーのブローチ・・・。


ベーレンス家の当主として、自分は彼と会うべきなのだろうか?
彼と話し、家宝を取り戻すために力を尽くすべきなのか。
そのためにはテレーザの目を盗んで夜会を抜け出さねばならない。
真っ暗な庭園を一人彷徨うところを想像してナターリエの心は慄く。


だが、そうしなければいけないのかもしれない・・・。
亡き父と母だったらそうしろと言う気がする。
愚かな弱虫め、泣き寝入りするつもりかと。
役立たずのくせに家宝まで無くすなど許さないと。


母に罵倒され、父から凍りそうな一瞥を向けられていた頃の感覚が蘇る。
胸が苦しくて息もできない。
心に焦りと混乱が押し寄せて何も考えられない。


ナターリエのいる暗い部屋の片隅には、小さな蝋燭の灯りはほとんど届かなかった。