小説「光の物語」第141話 〜王都 27 〜

小説「光の物語」第141話 〜王都 27 〜

スポンサーリンク

王都 27

背の高い植え込みに囲まれた庭園に、夜の闇にまぎれてその男は現れた。
誰かを待っている様子だが、しばらく経っても訪れるものはない。
男は時折舌打ちし、時折貧乏ゆすりをしてはあたりに視線をめぐらせた。


「おまえの待ち人は来ぬぞ」
背後からかけられた声にゲオルグはぎくりと振り返る。
そこには彼の主人である砲兵隊長ノイラートが立っていた。
「た、隊長・・・?なぜこちらに・・・」
うろたえるゲオルグにノイラートは答える。


「ゲオルグ、また悪い癖を出したようだな」
ゲオルグを幼い頃から知るノイラートは、彼の女癖の悪さもよく知っていた。
「次はかばいきれぬと言っておいたはずだぞ」
ゲオルグが女と事を起こしたのは一度や二度ではなく、これまでずっとノイラートはゲオルグを守ってきたのだった。
故郷でも、王都でも、道路工事のために駐留していた城塞都市エルガでも。



「まさか・・・隊長、誤解です・・・」
いつもの笑みを浮かべて言いかけたゲオルグをノイラートが遮る。
「誤解ではない。今回の滞在でも名家の令嬢に粉をかけたであろう」
ノイラートはため息をつく。
「令嬢方はしかるべき相手に嫁ぐのが務めなのだ。おまえの遊びに巻き込むなと何度も言ったはず。なぜわきまえられんのだ」


「そんな・・・令嬢方とお話しするのは声をかけられた時だけです。私は何も・・・」
「黙れ。おまえの言い訳はもう聞き飽きた・・・令嬢たちの親が国王に訴え出れば、投獄されることもありえるのだぞ。おまえの主人である私とて無事にはすまぬ」
「隊長・・・」
今までとは違う雲行きにゲオルグは焦った。
子供の頃から可愛がってくれた面倒見の良いノイラートを、ゲオルグはいつしか見下していた。
女遊びなど大した問題ではないし、ばれても結局は大目に見てくれると高をくくっていたのだ。


「従者の任を解く。早々にこの国を出ろ」
「隊長・・・」
ゲオルグは呆気に取られたような顔をした。
「長年お仕えした私をこんな風に見捨てるのですか・・・!?」
「見捨てるつもりなら、おまえが訴えられるのに任せている。せめてもの温情と思え」
「訴えるなどありえません、そんなことをしたら令嬢の評判は台無し・・・」
「・・・ゲオルグよ・・・」
ノイラートは心底悲しそうにつぶやいた。
「おまえは、彼らのその気持ちにつけこんできたのだな・・・」



なおも言い逃れようとするゲオルグの背後にいつの間にか二人の男があらわれ、両脇から無言で押さえ込んだ。
「何をする・・・離せ!」
激昂するゲオルグにノイラートが近づく。
「大人しくしろ。見苦しいぞ」
ノイラートはゲオルグの体を服の上から軽く叩いて調べる。
身動きできないゲオルグには逃れる術もない。


やがて手応えを感じたノイラートは、ゲオルグの懐から包みを取り出す。
「これか」
「隊長、お返しください!それは私の・・・」
「女物の装飾品に宝石か・・・貴婦人方から巻き上げたものだな」
ゲオルグは言葉を失い、ノイラートが手にする包みを縋るように見るばかりだった。
「なじみの質屋に持ち込んで金に変えるというわけだ」
そう呟くノイラートの声には深い苦悩が滲む。


この庭園に来る前、ゲオルグの行状を知らされたノイラートは彼の部屋を調べさせていたのだった。
そして貴婦人たちからの手紙がしまわれた小さな箱を見つけた。
ほとんどはくだらぬ恋文だが、中には未婚の令嬢たちからの悲痛な手紙もあった。
ゲオルグの言葉を信じて待っているのに、なぜ返事をくれないのかと。
私のお腹にはあなたの子供がいるのにと。
こんな手紙を出す羽目になった令嬢をノイラートは心底哀れに思った。


そして、いくつかの手紙を読むうちにゲオルグがゆすりを働いていたこともわかった。
この男が手紙を保管していた理由はそれだったのだ。
両親や夫にばらすとでも言われたら、貴婦人たちは金を払うだろう。
自分の名誉と人生をなんとか守ろうと・・・。


ノイラートの心を深い悔恨が覆う。
幼い頃のゲオルグはノイラートによくなつき、彼も随分可愛がったものだった。
あの少年が、一体いつの間にここまで道を踏み外してしまったのか・・・。



「連れて行け。国境を越えさせるまで目を離すな」
ノイラートはゲオルグを捕まえている男たちに命じる。
「隊長・・・私が何をしたというのです。恋愛ごっこなどどんな男でも・・・」
「恋愛ごっこにもルールがある。おまえはそれを破り続けた・・・秩序に唾を吐きかけて楽しんでいたのだ」
そしてその性癖は、やがては恋愛以上のところにも及びかねない。ノイラートはそう思った。
砲兵隊長である自分の元から軍事機密を持ち出し、金目当てで他国に売ろうとするかもしれない。
そんなことがあってはならないのだ。


「外国での傭兵暮らしが性に合っていたのだろう。またそうすればいい・・・最後の機会と思って真っ当に生きるのだ」
「隊長・・・!」
泣きそうな声をあげるゲオルグの口は男たちにふさがれ、その足音もだんだん遠くなっていった。


じっと地面を見つめたままのノイラートに、植え込みの影から出てきたマティアスが近づいた。
「ご苦労だった。きみには辛いことだったろうが・・・」
そう声をかけると、ノイラートは小さく首を振った。
「遅かれ早かれこうなっていたでしょう。本当ならもっと早くに処罰すべきだったのです。ですが・・・」
ノイラートは深いため息をつく。
「亡くなったあの男の兄は、私の無二の親友でございました・・・」
深い悲しみをにじませるノイラートの肩にマティアスは手を置いた。




それから数時間後、ゲオルグは屍となって人里離れた山奥に運ばれていた。
なんとか逃げ出そうとしたのが仇となり、同行していた男たちによって手を下されたのだ。
大人しく追放を受け入れればよし、逃亡を図った場合は始末してよい、そうノイラートは男たちに伝えていた。
山犬の出る深い森にその遺骸は放置され、誰もその後を知る者はいない。