小説「光の物語」第149話 〜転変 5 〜

小説「光の物語」第149話 〜転変 5 〜

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転変 5

砲兵隊の教練監督として、前砲兵隊長のエクスラーが就任することとなった。
数年前に隊長職から引退していたが、国王と王子の要請に応える形で復帰を決意したのだ。
隠居の身だった彼が復帰を決めたのは、昨今の隣国の情勢を危ぶんだからだった。
他国からの侵略を阻止するには砲兵隊の力が必要だ、この国の未来のために君の知見が不可欠だ。
そうディアルに口説かれたエクスラーは、衷心から監督就任を承諾したのだった。


「エクスラーよ、よく決意してくれたな」
就任の挨拶に訪れた老臣に国王はねぎらいの声をかける。
「職を退き、肩の荷を下ろした思いであったろうに・・・大義に思うぞ」
「もったいのうございます、陛下」
エクスラーは国王の前で頭を垂れる。


この頑固なエクスラーを口説き落としたとは。
息子ディアルを頼もしく思う国王の思いは、しぜん隣国ブルゲンフェルトの王太子に及ぶ。
やり手と評判の人物だったのに、あのような最後を迎えるなど。
老いた隣国王の大失態を国王グスタフは他人事でなく思う。
もし権力者が制御不能に陥り、取り返しのつかない不幸を国にもたらすことになったら・・・。


国王は重い想像を断ち切り、エクスラーと新たな職務について語り合う。
話題はやがてエクスラーの隠居生活に及び、国王は興深く彼の話に耳を傾けた。



「陛下はお喜びだったでしょうね。頼もしいこと」
エクスラーの復帰をディアルから聞かされ、アルメリーアはそう微笑んだ。
良い人事がなされたこともだが、それを喜ぶ夫の様子が彼女には嬉しかった。
「ああ。砲兵隊員の教育は急務だからね。エクスラーがいてくれれば百人力だ」
彼の復帰に奔走したディアルは得意げで、アルメリーアはそれを可愛く思う。
ディアルは政務の合間に夫婦の居間に戻り、成果を愛妻に披露しているのだった。
「だが、最近の父上は日に日にお悩みを深めているようでね・・・少し心配だよ」
表情を曇らせる夫の腕にアルメリーアはそっと触れた。


「きっと、ご即位以来たくさんの心配事がおありなのでしょうね」
「そうだな。父上のご功績は目覚ましいものがある。外交といい、内政といい」
腕に触れる妻の手に手を重ねてディアルは答える。
「周辺諸国の争いに巻き込まれぬよう舵を取り、我が国の主な収入源である傭兵の派兵について有利な契約を取り結んだ。それにブルゲンフェルトとガンツとの間で継承戦争が起こったことを受け、法律を整備して女子も王位を継げるようにした。そうしておかないと、男子が生まれなかった時に相続権を主張するものが出てくるから」
「まあ・・・陛下は本当に名君でいらっしゃるわ」
少し聞いただけでも頭痛がしてきそうな話だ。アルメリーアは感嘆のため息をついた。


「ああ。あの父上の後を継ぐのは大きな重圧だよ。だが・・・」
いたずらっぽい笑みを浮かべて彼は彼女の肩を抱く。
「少なくとも我々の子は男の子でも女の子でもいい。そこは気が楽なところだな」
「まあ・・・」
アルメリーアは小さく俯いて微笑むが、内心複雑な思いも抱えていた。
嫁いできてもう二年以上、なのにいまだ懐妊の兆候はない。
もしもずっとこのままだったら・・・。


だがその危惧は胸にしまい、彼女は笑顔で夫のキスに応える。
大小の懸念は尽きないが、夫と過ごす何気ない毎日こそが彼女にとっての幸福だった。
悩みに振り回されてその幸せを台無しにすまいとアルメリーアは思うのだった。