転変 10
修道院のナターリエは変わらず淡々と過ごしていた。
傷心に囚われず責務を果たすため、領主としての学びを深めようとする。
読書だけではなく、専門家に教えを請うことも必要だと最近では考え始めていた。
そのためアーベルに良い教師の紹介を依頼したりもしていた。
「ナターリエ様」
ナターリエに懐いている小さなニーナが、授業を終えて図書室に駆け込んでくる。
ニーナは看護人になりたいと夢見、そのために日々勉強に励んでいた。
この修道院には付属の慈善病院があり、その病院で働くものを養成する学校もある。
その学校に入るのがもっかのニーナの目標だった。
「まあ、すごいわね。もうそんなことまで習っているの?」
ニーナが披露する話をナターリエは笑顔で聞いてやる。
傷心の日々を耐えている彼女には、ニーナの元気さは大きな慰めだった。
マティアスへの思いは昇華させるのだ。そうするしかないのだから・・・。
そう思おうとし、そのように振る舞っているものの、力の抜けた感覚は消えなかった。
王子妃の前であんなに饒舌に語ったのに、情けない・・・。
ナターリエはいつまでも残る胸の痛みをもてあます。
でも、とにかく王子妃に縁談の仲立ちをお願いしたのだもの。
話が進めば忙しくなって、マティアスのことも忘れられるはず。
結婚と故郷への帰還は自分に定められた務めなのだ。
しかも今のシエーヌは隣国の脅威に揺れている。
早く戻り、人々と共に過ごさねば。
マティアスが望んでくれたように、立派な領主にならねば・・・。
ああ、またマティアスのことを考えてしまった。
何か有意義なことをしようと、ナターリエは図書館の机でニーナとともに本を開いた。
だが、この状況は否応なく幸せな過去を想起させる。
マティアスがここにしばしば訪れ、領主の実務を教えてくれた頃を。
彼の笑顔や穏やかな声を・・・。
マティアスの説明はわかりやすく、学びの時間は充実したものだった。
たまの小休憩にはシエーヌの行く末についてあれこれ語り合った。
子供たちの教育について、街の整備について・・・。
彼と話すときはいつも未来への希望で胸がわくわくした。
それに互いの子供時代の話になった時は、いたずらっぽい彼の口調に笑わされたものだ。
些細なことを知れば知るほど、ますます彼への思いは募った。
片思いの苦しさと、恋しい人と過ごせる喜び。
あんなに幸せなことはなかった。
「ナターリエ様?」
上の空のナターリエにニーナが怪訝そうに声を掛ける。
ナターリエは滲みかけた涙をあわてて押し戻し、ニーナの話に耳を傾けた。