小説「光の物語」第68話 〜新天地 2〜

小説「光の物語」第68話 〜新天地 2〜

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新天地 2

「しばらくですね」
王立修道院へナターリエを訪ねたマティアスは、応接室に現れた彼女に声をかける。
「ここでの暮らしはいかがです?もう慣れましたか」
「ええ、アーベル様もいてくださいますし・・・とても静かで落ち着きますわ」
ナターリエは伏し目がちに小さく答えた。

 

「シエーヌの管理にお行きになるとか・・・」
シエーヌとはベーレンス領がある地方の名だった。
「ええ、王のご命令で。しばらくは王都と行き来することになりそうです」と彼女に微笑みかける。「何かお家にご用があれば承りますよ」
マティアスの言葉はありがたいが、ナターリエにとって実家の城は思い出すのも辛い場となっていた。
母が起こした恐ろしい惨劇・・・その衝撃はあまりに大きすぎる。
彼女はうつむいて小さく首を振った。

 

マティアスはナターリエを見て痩せたなと思う。
もともとか細い少女だったが、いまは少々行き過ぎだ。
少女らしかった頬の丸みも今はやつれてしまっている。
マティアスはナターリエの気を引き立たせる話題を探してみた。

 

「シエーヌにはとても美しい湖があるとか。ご実家にいたころは行かれましたか?」
「いいえ・・・行ってみたいとは思っていましたが・・・」
ベーレンス夫人は彼女にそうしたことを許さなかったのだろう。マティアスは察して話題を変えた。
「シエーヌの城ではどんなことをしてお過ごしに?」
「特別なことはなにも・・・歌とピアノの練習に、刺繍ですとか・・・」
ごく一般的な貴族の少女の過ごし方だ。悪くはないが、あまり熱意は感じられない。「ほかに何かお好きなことは?」
「読書と・・・それからそう、お城に猫がいて、その子と遊ぶのが好きでしたわ」
「猫。それはいい。私も猫は好きですよ。どんな子ですか?」

 

「まだ小さな白い猫ですの・・・きれいな青い目で、細身で・・・とってもかわいいんです。あの子のこと、どうして忘れていたのかしら」
ナターリエは小さくつぶやく。猫は夜中にナターリエの部屋を訪れ、明け方になると出ていくのが常だった。
眠っているところに扉を開けるようノックされるのは、うるさくも楽しい時間だった。
「仲良しのしるしに、紫色のリボンで首輪を作ってあげたんです。シエーヌを出る前に・・・」ナターリエは記憶の中の猫を思う。「もうきっと大人になっているでしょうね」
「でしょうな。城で会ったらあなたからと挨拶しておきましょう」
マティアスの言葉にナターリエは小さく笑った。

 

ひとしきり猫のことを話し、マティアスは辞去することにした。
ナターリエも見送りに立ち上がる。

 

「そうだ、忘れるところでした」
マティアスが懐から何かを取り出す。
「あなたの生徒からの手紙ですよ。パトリックからの。最近は騎士見習いにもすっかり慣れて、もうやたらな大声で口上を述べることもないようです」
「まあ、パトリック・・・元気にしているのですね」
「とてもね。あなたに会いたがっていましたよ。よかったら返事を書いておあげなさい」
「ええ・・・」と手紙の表書きに目を落とし、幼い筆跡に「相変わらずね・・・」と微笑んだ。

 

面倒見のいい少女だ。
マティアスは好もしげな笑みをうかべ、一礼して修道院を出た。