小説「光の物語」第109話 〜手紙 7 〜

小説「光の物語」第109話 〜手紙 7 〜

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手紙 7

マティアスは年明けから流行り始めた風邪の対応に当たっていた。
シエーヌ領内の街や村はもちろん、最近は城内にもぽつぽつと患者が出始めている。
体力のない子供や老人には助からない者もあった。


「病院には患者が溢れております」
街の病院の医師が状況を報告する。
「一人の患者からまわりにどんどん広がりますゆえ・・・」
居並ぶ家臣たちも不安そうな顔をしている。彼らの友人知人にも患者はいたからだ。
「病院の近くの会堂を臨時の診療所にしよう。症状の軽い者はそこで手当てを。病院から交代で医師と看護人を回してくれ」
マティアスは街の地図を広げて道を確認し、人通りの多い道を避けて病院にたどり着ける経路を選定した。
「患者はこの道を使うよう周知してくれ。患者の多いほかの村でも同様にするよう、今日中に伝令を」
「は、はい」
「それからここで必要な資材は・・・」
マティアスの迅速な指示に家臣たちはあたふたして従った。


会議を終えて書斎に戻ったマティアスはため息をついた。
流行病か・・・。
数年前に諸国を襲った流行病で先の王妃へレーネは亡くなった。
今回のはあの時ほどの規模ではなさそうだが、早めに対策を打っていかねば。
当時国王と重臣たちの会議を間近で見ていたことが、こんな風に役に立つとは。
皮肉なものだと感じずにはいられなかった。


へレーネ様・・・心の母とも言うべき懐かしい女性を久々に思い浮かべる。
明るくて美しくて、あたたかい手を皆に差し伸べてくれた人。
あの方こそ誰よりも長生きしてほしかった。
彼女が病に倒れてからのことを思い出すと今でも辛い。


彼女と国王に守られて過ごした日々はいまもマティアスの心の支えだ。
親代わりの国王夫妻と兄弟のようなディアルと・・・そして愛する恋人とがいてくれた時代。
あの頃に戻れるものなら。
ふとそんな感傷的な気分に襲われる。


今は、ディアルがアルメリーアと幸せな家庭を築いている。
あの国王と王妃の息子だ。ディアルは良い関係の築き方を体で知っている。
相思相愛のアルメリーアも賢明で善良な女性のようだ。
あの美しさだけでも大したものなのに。まったくディアルは運がいい。


あの二人なら年輪を重ねて国王夫妻のようになるだろう。
マティアスにはそんなふうに感じられる。
だが、そういえば子供はまだなのだろうか?
二人が結婚してそろそろ二年になるが・・・。


「マティアス様、次の会議のお時間です」
いつの間にか家令が書斎の入り口に立っていた。
「ああ、今行く」
マティアスは考え事をやめ、席を立って協議に向かった。