小説「光の物語」第118話 〜王都 4 〜

小説「光の物語」第118話 〜王都 4 〜

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王都 4

その夜は夜会が開かれ、宴のはじめにはマティアスの功績を讃える場が設けられた。
マティアスは国王と王子夫妻の横に立ち、出席者から送られる拍手に礼をする。


夜会向けのドレスに着替えたナターリエも彼のその姿を少し離れて見つめていた。
周りには彼女に執心の男性が三人、互いを牽制しながら陣取っている。


「ナターリエお姉様、あんな素敵な方とお付き合いがあるなんて羨ましいわ」
いつのまにかその場に来ていたドレスラー家のブリギッテが、甘ったるい声で話しかけてきた。
この少女はなぜかナターリエにまとわりつき、彼女が誰かと話しているところに割り込んでくる。
口ではナターリエに憧れていると言ってはいるものの、かもし出す雰囲気は真逆だ。
「ご身分も高くて、王子殿下のご親友でいらっしゃるマティアス様・・・お姉さまはあの方にとって大事な方ですのね」


その言葉にナターリエはますます違和感を感じ、彼女の崇拝者たちはなんとなく怯んだ。
マティアスは国王の覚えめでたい甥であり、彼と恋敵になるとしたら青年たちにとっては冒険だ。
だが、そうと決まったわけではなし・・・血気盛んな若者たちは負けじとナターリエに話しかける。


「マティアス様はあなたの故郷の守りをお務めなのでしょう?」
その言葉にナターリエもほっとする。
ブリギッテに悪気はないのかもしれないが、無用な誤解を生じることは避けたい。
「ええ、陛下に任されたお務めをご立派に果たしてくださっています。本当にありがたいことですわ」
その返事に青年たちは再び意気込む。
「あの方のお働きは以前から評判ですからね」
「流行病の対策も実にお見事だったようです。皆も賛嘆していますよ」
口々にマティアスの功績を話す輪の中で、ブリギッテはつまらなそうに黙っていた。



歓談は続き、やがて話題は音楽のことへと移る。
「今日の音楽会も良かったが、私は昨年宮廷に来ていた音楽家が忘れられないな」
青年たちの一人がそう話す。
「きみはずっとそう言っているな。あの歌姫の歌声によほど魅入られてしまったようだ」
「歌声にかな?それとも彼女自身に?」
笑い声を立てる青年たちにナターリエも微笑んだ。
なごやかな雰囲気に他の青年や淑女も遠巻きに輪に加わってくる。


「あの方の歌はとても素晴らしかったですわね・・・私ももう一度聞きたいですわ」
ナターリエのその言葉にブリギッテがかぶせるように割り込む。
「まあ、私は今年社交界にデビューしたばかりですもの。お話についていけなくて・・・」
と無邪気そうな笑顔を浮かべる。
「昨年からずっと社交界にいらっしゃるお姉様がうらやましいわ」
その発言にナターリエと女性陣、それに一部の青年たちは呆気に取られた。


「昨年の歌姫は確かに見事だった」
背後からのマティアスの声にナターリエは振り返る。
「失礼、懐かしい話題が聞こえたものでね・・・あの歌手はどの国でも人気らしい。各国の宮廷に崇拝者が大勢いるとか」
「そ、そうでしょうとも。あの才能にあの美しさですからね」
焦って賛同する青年にマティアスは頷く。
「ああ。それに振る舞いにとても品位があってね。大事なのはそこだよ」
マティアスはブリギッテを見ながら笑顔でそう言い、彼女はへそを曲げたように横を向いた。
その場にいた人々も安堵の表情を見せる。


しかし中にはなにも気づかない若者もおり、のんきにブリギッテに話しかけ始めた。
「そうでしたか、あなたは今年おいでになったのですね。お名前は?」
ブリギッテも気を取り直して再び笑みを作る。
「ドレスラー家のブリギッテですわ。右も左も分からなくて・・・」
上目遣いで見つめてくるブリギッテに世慣れぬ若者は頬を染めた。


何事もなかったかのように歓談は続き、やがてダンスの演奏が始まった。