小説「光の物語」第100話 〜聖夜 2 〜

小説「光の物語」第100話 〜聖夜 2 〜

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聖夜 2

降誕祭の礼拝に参加するため、ナターリエとテレーザは王城の聖堂を訪れた。
ナターリエ自身は修道院での礼拝に参加したかったが、王子妃の招待ではやむをえない。
王子妃は彼女を王城に来ることに慣れさせたいようだ。
気遣いはありがたく思うものの、きたるべき社交や見合いのことを考えると気が重い。


それよりも、今朝がた届いたマティアスからの挨拶状を思っていたかった。
ナターリエが書いた感謝の言葉に対し、彼は男らしい字で返事を綴ってくれていた。
「あなたのすばらしさがあなたに幸せを運んだのです」と。


そんな優しい言葉は今まで聞いたことがない。
できることならあの手紙を肌身離さず持ち歩きたいくらいだ。
部屋の引き出しにそっとしまってきたが、早く戻って何度でも読み返したい。


「ナターリエ様?」
司祭の合図で皆が立ち上がったが、考え事に夢中のナターリエは気付かずにいた。
隣席のテレーザにそっと促されて立ち上がる。


祈りの言葉を繰り返してふたたび着席し、聖堂を感慨深く見渡す。
昨年はこの礼拝に両親と出席していたのだ。
不仲の彼らと行動するのは緊張を強いられる時間だった。
何一つ失敗しないように、気分を害さないようにしなければと・・・。


聖歌隊の歌が始まり、ナターリエはあらためてこの一年を思い返した。
今年の初めにはゲオルグに出会って夢中になっていた。
少し目を引く容貌と表面的な言葉にすっかり参ってしまい・・・。


あの時は、辛い毎日の救いに彼がなってくれるように思えたのだ。
今思えば彼の言動はまるで実のないものだったのに、舞い上がっていた自分は何も気付かずにいた。


その後に両親の間で起きた恐ろしい出来事・・・。
そのことはいまだに消化できていない。
いつかは心を波立てずに思える日が来るのだろうか。
辛い記憶に飲み込まれぬよう、目を伏せて聖歌隊の歌に意識を向ける。


小さく息をついて胸の痛みを鎮め、ふたたび視線を巡らせる。
王家の席に並んで座る王子夫妻が目に入り、盛装した彼らの華やかさに心が安らいだ。
王子が王子妃に何ごとか耳打ちし、王子妃は微笑みを返している。
相変わらず仲睦まじい・・・幸せな夫婦というものは本当にいるのだと、ナターリエは彼らを通して初めて知った。


マティアスも本来はあそこに・・・王家の座席に座る人なのだ。
いつかは彼もどこかの姫君と結婚するのだろうか。
そうして王子夫妻のように睦まじくあの席に・・・。


きっとそうなのだ。
マティアスのことだ、きっと王子夫妻に劣らず幸せな家庭を作ることだろう。
あのいたずらで素敵な笑顔と、優しい言葉を奥方に向けて・・・。
その想像にナターリエの心は重くなる。


儀式は最高潮に達し、聖歌は壁画の描かれた高い天井に響きわたった。


ナターリエは出会った時からのマティアスを思い出す。
家出した自分を助けてくれた頼もしい姿。
猫のオスカーを連れてきてくれた時の笑顔。
涙が止まらなくなった自分を慰めてくれたぬくもり。
領地管理を学べるよう送ってくれた手紙。
なにより、それらのすべてに込められた真の思いやりを・・・。


彼はまるで太陽のようだ。
寒々しい世界で凍えていた自分を生き返らせてくれた。
あんなすばらしい人がこの世にいるなんて信じられない。
あんな人がいるなんて・・・。


いつしか溢れだした涙が頬をつたって落ちていった。
涙はぱたぱたとかすかな音を立て、彼女のドレスの布地に吸い込まれていく。


「ナターリエ様・・・?」
静かに涙を流す彼女にテレーザが小さく声をかける。
「・・・・・・なんでもないの・・・ただ、儀式に感動してしまって・・・」
ナターリエはうつむき、細い指でそっと頬の涙をぬぐった。


やがて礼拝は終わりを迎えた。
王子夫妻に招待への礼を言い、馬車に乗って修道院へと戻る。
出迎えてくれたアーベルにも挨拶し、自室に戻ったナターリエは寝台で眠る白猫を抱き上げた。


「オスカー・・・」
マティアスを思うとふたたび涙が溢れ、猫の背中に顔をうずめて初めて口にする。
「・・・あの方に会いたいわ・・・」