小説「光の物語」第160話 〜転変 16 〜

小説「光の物語」第160話 〜転変 16 〜

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転変 16

アルメリーアは各国に嫁いだ姉たちとの連絡を密にしていた。
各国はブルゲンフェルトに嫁いだ姫君たちを案じており、安全な場所へ避難させたいと考えているようだ。
ちょうど先日、ディアルの従姉妹のミーネがそうしたように。


「姫様、あまり根をつめられませんよう・・・」
心配したばあやが声をかけてくる。
「ええ・・・でも、なんだか気になって」
アルメリーアは書きかけの便箋を前にため息をついた。
「レナーテお姉さまは、おそらく今も都にいるのでしょうから。それにほかの国から嫁いだ姫君たちも・・・」
落ち着かぬ思いで姉たちと手紙を交わす日が続いている。


大袈裟に考え過ぎているのかもしれないが、ただ手をこまねいているわけにもいかない。
そんな思いを抱いているのはアルメリーアもほかの姉たちも同じだった。なぜなら・・・。


レナーテも他の姫君たちも、みな政略のためかの国に嫁いだ身なのだ。
異国で新たな生活を築くにはそれぞれ苦労があったはずだ。
理不尽な力でそれらが一瞬に壊されるなど・・・想像するだけでも耐えがたい。
彼女たちも、自分や姉たちも、嫁ぎ先こそ違えどおなじ身の上なのだから。


「姉君様のことはきっと、お国のご両親様がよい手を打っておいでですよ」
ばあやは励ましながらアルメリーアの背をそっと撫でる。
「ええ、そう思いたいけれど・・・」
アルメリーアが浮かべた複雑な笑みに、事情を察したばあやも何も言えなくなる。


アルメリーアもそう思いたい。
だが先日父から届いた手紙はあまりに良いことずくめで、それがかえって気掛かりになっていた。
特に姉たちとやりとりしている最近では。


レナーテと手紙をやりとりしているのは母だけで、父はどうやらその母の話を鵜呑みにしている。
母には自分にいいように話を作り替えるところがあるが、不思議と父は母のその性質に気づかないのだ。
というより、父は父で聞きたいことしか聞いていないのだろうか?
国王としては手腕を讃えられる父だが・・・父が姉の状況を本当に把握しているのか、アルメリーアには疑問だった。



「難しいお顔・・・どうかなさって?」
その夜、書斎で書簡に目を通すディアルにアルメリーアは尋ねる。
「ブルゲンフェルトのハイシュ伯爵からまた手紙が届いてね」
「まあ・・・またナターリエへの求婚のこと?」
「ああ。どうも妙だな、こんなに矢継ぎ早に」
ディアルは手紙を机に放り出し、背もたれに体を預けた。


「この頃はおかしなことばかり起きるみたいね」
引き寄せられて彼の膝に座りながらアルメリーアは答える。
「ブルゲンフェルト王の庶子がナターリエに求婚だなんて・・・なんだかいやな感じだわ」
妻の額に頬をつけてディアルも頷いた。
「結婚を理由にシエーヌの権利を主張するつもりだろう。見え見えすぎて話にもならないが・・・」
問題はなぜ彼がこう焦るのかだ。国内の権力闘争で追い込まれているのだろうか?


「ナターリエ嬢の縁談はなかなか多難だね。エルマーとの話はどう?」
「内々にシュレマー家に打診してみたけれど・・・本人は僧院での医療奉仕に出たきりらしいの」
「ふうん・・・彼は本当に聖職を望んでいるのかもしれないね」
ナターリエがエルマーとの話を考えたのは、彼が気心の知れたパトリック少年の兄だからだろう。
次男ゆえに相続権のないエルマーにとっても、良縁になるかと思われたのだが。


「ナターリエにはひとまず文通を進めてみようかと思っているの。ハイシュ伯爵のことも気になるし」
「まずはそれで小手調べだな。エルマーが乗ってきたら王都に呼び寄せてみるか」
マティアスもナターリエと文通していたことをディアルは思い出す。マティアスめ、このまま黙して過ごすつもりなのか?


「きみも姉君たちとやりとりしてるんだろう?最近はどんな様子?」
「そうね・・・各国からの商人や知識人は次々あの国を離れているそうよ」
さもあろうとディアルはため息をつく。
「でも名家に嫁いだ姫君たちはそうもいかなくて」
悲しげにつぶやくアルメリーアをディアルは優しく抱き寄せた。


「国のために嫁いだ姫たちだもの。無事でいてほしいわ・・・姉たちもそう願っているの」
「姫たちはきっと、嫁ぎ先で影響力を持っているはずだよ。妻が悲しむのは夫には辛いことだからね」
アルメリーアは夫の首に頬をすり寄せる。
「そうかしら?」
「ああ。姉君たちのところでもきっと同じだよ。ミーネや、ブルゲンフェルトに嫁いだ他の姫たちも」
ミーネ一家の移動劇を思い出してディアルは微笑んだ。夫のアンゼルム公と彼女はきっとよき夫婦なのだろう。
「賢く思いやり深い姫が各国にいるのは光明だ。きみと姉君たちのそのつながりは貴重なものだね」