小説「光の物語」第135話 〜王都 21 〜

小説「光の物語」第135話 〜王都 21 〜

スポンサーリンク

王都 21

ナターリエは浮き立つような日々を過ごしていた。
先日王城の図書室で会って以来、マティアスがときおり修道院を訪ねてくるようになったからだ。


訪問の理由は明白で、シエーヌの管理をあずかる彼から少しずつ実務を教わるためだった。
家臣たちからの報告書をもとに彼から考えを聞かれたり、判断の根拠を示されたり・・・時には難解さにくらくらしながらも、ナターリエは嬉しくてならなかった。
マティアスと一緒にいられるのだから。


マティアスを熱烈に慕うナターリエだが、彼が自分を相手にすることはないとも思っていた。
だから気持ちを悟られぬようにしていたが、うまくできているかは自分でも疑問だ。
片思いを隠すのは気疲れするものの、彼に会いたい気持ちの方がうんと上回っていた。
彼と過ごす時間が幸福なあまり、もともと義務感でしていた夫選びの社交になど関心が持てなくなっていた。


「あら、マティアス様はもうお帰りですの?」
図書室から自室に戻ったナターリエにテレーザが声をかける。
「ええ・・・王城で会議がおありとかで」


ナターリエの恋する瞳にテレーザはいつしか気付いていたが、ただ黙って見守っていた。
シエーヌの領主であるナターリエとその管理者であるマティアス、うまくいったならばこれ以上ない良縁だ。
それに、それぞれ辛い経験をした二人はきっと慈しみ合えることだろう・・・。
彼らにとって良い展開になることをテレーザは願っていたが、有能な侍女らしくナターリエの社交の手配も忘れずにいた。



修道院から戻る道すがら、マティアスは自分の行動を振り返っていた。
実務を教えるためと何度かナターリエを訪ねているが、こんなことをしていいのかどうか。
誰とも結婚などしない、その思いは彼の心に根を下ろしたままだというのに。


一歩間違えばナターリエに期待を抱かせ、他の求婚者から遠ざけることになりかねない。
そうは思うのだが、彼女に実務を教えることも必要だし・・・。


ナターリエは自分の訪問も、実務を学ぶことも歓迎しているように見える。
彼女の瞳は生気に満ち、乙女らしい頬は艶やかさを増したように。
それに彼女と話していると、どこからともなく旧知の白猫オスカーが現れるのも愉快だ。
彼の膝に飛び乗ってきたオスカーを見て彼女は驚きつつ喜んでいた。「滅多にそんなことはしないのに」と。


彼に撫でられて目を細めるオスカーと、幸せそうにそれを見守るナターリエ・・・笑いと希望と安らぎに満ちた空気。
甘ったるいような感覚はしかし癖になり、繰り返し彼女を訪ねたくなる。


だが、こんなことを続けていいのかどうか・・・マティアスの考えはまた振り出しに戻るのだった。



「やれやれだ」
会議から戻ったディアルは疲れ切った様子で長椅子に倒れ込んだ。
「まあ、かわいそうに・・・ずいぶんお疲れなのね」
アルメリーアはそんな夫に近づいていたわりの声をかける。
「責任をなすりつけあう者あり、我関せずな者ありでね・・・工事の遅れを取り戻すための会議だというのに、まったく」
うんざりした様子のディアルをアルメリーアは優しく抱き寄せ、あやすように髪を撫でてやる。
彼は大きなため息をつき、彼女の胸に頭を預けた。


ひとしきり甘やかされたディアルは気を取り直し、愛妻を隣に座らせる。
それから会議の間の出来事を面白おかしく話し始めた。
そうすることで彼は頭の整理をしていると、アルメリーアはもう理解していた。
言葉を挟むのは最小限にとどめ、話したいように話させる。


「ノイラートもいろいろ苦労しているようだ。実際・・・」
夫の口から出た名前にアルメリーアははっとした。
砲兵隊のノイラート隊長。彼が王都に来ているということは・・・。
「・・・ノイラート隊長の従者も、王都に来ていますの?あのゲオルグも・・・」
心配そうな妻にディアルははたと気づく。


「ああ、来ているよ・・・だが心配はいらない。マティアスにもナターリエ嬢にも、注意するよう知らせてあるから」
その言葉にアルメリーアはほっと息をついた。
そう、今のナターリエならきっと大丈夫・・・。


ディアルは彼女の肩を抱き寄せ、その頬を手のひらで包んだ。「あまり気を揉まないで」
アルメリーアは表情をやわらげ、夫の胸にそっと身を寄せる。「ええ、そうね・・・」
腕の中の彼女は小さくか弱く感じられ、ディアルの胸は愛おしさに満たされた。
彼女の頬や髪に続けざま唇をつける。


「そう・・・マティアス様とナターリエのことだけれど・・・」
「うん?」
キスに忙しいディアルの返事は心ここにあらずだった。
「アーベルのばあやにお手紙をもらいましたの。マティアス様は近ごろ時おり修道院を訪ねているそうよ。ナターリエに領主の仕事を教えるために・・・」
「・・・それは本当か?」
会議で忙しい最近なのに、その合間にナターリエを訪問?
気楽な関わりではすまないことは重々承知だろうに。


「いまのところは、あくまで管理者のお仕事の体よ」
夫の顔に現れた期待に彼女も微笑む。
「でも・・・それが言い訳なのはわかりきってるよな?」
嬉しそうな夫が可愛くなり、アルメリーアは彼の頬に音高くキスをした。