小説「光の物語」第110話 〜手紙 8 〜

小説「光の物語」第110話 〜手紙 8 〜

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手紙 8

ナターリエは修道院附属の慈善病院を手伝っていた。
流行病の患者が多く、看護人だけでは手が回らなくなっていたからだ。
とはいえ、女伯爵である彼女が病をもらうようなことがあってはならない。
そのため彼女は修道院内にとどまり、日々運ばれてくる患者たちの記録を整理していた。


「一時期に比べると少しは落ち着いてきたかしら」
修道院の一室で書類を整理するナターリエはほっと息をつく。
「ええ、そのようですわね。新しい記録が減ってきましたもの」
彼女を手伝うテレーザも安堵の表情を浮かべた。
「亡くなった患者の書類はこちらですわね・・・やはり子供と老人が多くて・・・かわいそうに」
テレーザは悲しげに首を振る。
「本当に・・・小さな子供が犠牲になるなんて・・・」
ナターリエは書類に記された子供たちの年齢を見ながらつぶやいた。


彼女が思うのは母が起こした事件のことだった。
母が手にかけたのは父とその愛人、そして愛人が産んだばかりの息子だったという。
生まれたばかりの赤ん坊・・・自分の異母弟・・・思うたびにナターリエはたまらなくなる。
なぜ罪もない赤ん坊がそんな運命を背負わされねばならなかったのか?
いったい母は、なぜそんな凶行に及べたのか・・・?


「ナターリエ様・・・」
部屋の扉が開き、ニーナがそろりと入ってきた。
「あら、ニーナ・・・どうしたの?」
ナターリエにとても懐いており、いつも元気に甘えてくるニーナ。
だが、今日はその活力が感じられない。
「うん・・・」
ニーナは生返事をしたきりうつむいている。
目にもまるで力がなくうつろな様子だ。
「ニーナ?まさか・・・」
彼女の額に手を当てると驚くほど熱い。
「まあ・・・なんてこと。テレーザ、この子にもきっと移ったんだわ」
幼いニーナのぐったりした様子にナターリエは胸がつぶれそうになる。


テレーザはすばやくニーナをナターリエの手から抱き取った。
主人であるナターリエにまで病が移っては一大事だ。
「この子は私にお任せを・・・あなた様はお部屋へお早く」
部屋の扉を開け、廊下に向けて声をかける。
「どなたか来てください。子供の患者が・・・」

力ない姿で運ばれていくニーナをナターリエはなす術もなく見送った。