出奔 4
「ナターリエ様は恋人を追って行かれたのでは?」
アルメリーアを囲んだ女官の一人が言う。
「ご両親のどちらとも不仲ならば、それが一番ありそうな行き先ですわ」
「そうね・・・」
たしかにありそうなことだ。
しかし、彼は国境地帯での任務のためかなり遠くに行っているはずだ。
「若い令嬢がお一人で出歩くなど危険すぎますわ。それにお金もお持ちなのかどうか・・・」
「ええ・・・」
アルメリーアの部屋にはばあやと女官たちが集まっていた。
ナターリエを案じ、皆が口々に申し述べる。
「そういえば、その恋人のことですが・・・」
別の女官が言い出した。
「何かわかったの?」
「昨年も王城に滞在していたそうなのですが、その間に幾人かの女性と噂になっていたようで」
「幾人かと・・・?」
「はい。なかなかの色男ですし、とにかく口がうまいとかで・・・貴婦人の懐に入り込むのはお手のものらしいのです。でも決して尻尾はつかませないと・・・」
それはまさにナターリエに起こったことではないか?
アルメリーアは眉をひそめた。
「噂の相手のほとんどは既婚のご夫人方ですが、未婚の方もいらしたようです。とくに、キアーラ伯爵家のご令嬢とはかなり・・・」
「キアーラ伯爵令嬢?」
その名前には聞き覚えがあった。
いつかの謁見で聞いた、誘惑されて身籠ってしまったという令嬢は・・・そんな名前ではなかったか?
「はい。ご令嬢は身重なのを隠すため急いで嫁がれたとか・・・真偽のほどは不明ですが」
そう、そういう話だった。
「彼女は・・・その後出産したのかしら?」
「そこまでは・・・調べればわかることではありますが、仮にそうでも・・・」
たしかに既婚の女性が出産しても何も不思議はない。多少早く生まれることがあったとしても・・・。
それにもちろん令嬢はそんなことを絶対に認めまい。
下手に引っ掻き回して彼女の家庭に波風を立てては・・・。
しかし、人々のこうした思いの隙間を縫って誘惑者は逃げ延びるというわけだ。
そう思うと腹が立った。
「あと、もう一つ気になることが・・・」
女官の言葉にアルメリーアは頷いた。
「ナターリエ様ですが、最近身の回りのものを紛失されることが続いていたそうなのです。耳飾りやブローチなどの宝飾品を・・・。とくにブローチは値打ちもので、母君のベーレンス夫人のお怒りはすさまじかったとか」
「それは、どういう・・・」
言いかけてアルメリーアは言葉を失った。あの男はナターリエの持ちものを盗んでいたというのか?
「お部屋に出入りしていたのなら、あるいは・・・。それとも令嬢が渡されたのかもしれません。甘い言葉でねだられて・・・」
アルメリーアは思わず目をおおった。聞くにたえない話だ。
しかも・・・ことによるとナターリエも身籠ってしまっているかも・・・。
猶予はならなかった。
「とにかく、ベーレンス夫人に話を聞いてみなくては。ナターリエ嬢の行き先に心当たりがないかどうか。何かわかるといいけれど・・・」
娘の出奔を受けて夫人は一体どんな様子か・・・想像するだけでも彼女は気が重くなった。