冬陽 3
マティアスは王都への旅支度を進めていた。
シエーヌの近況報告と、新たな懸案事項である湖の守りについて詳しいことを打ち合わせるためだ。
急ぎの旅にはなるが、今年は暖冬で雪が遅いことが出立を後押しした。
「できるだけ早く戻るつもりだが、それまで留守を頼むぞ」
家令と打ち合わせをしながらマティアスは言う。
「お任せくださいませ」
この家令は長年ベーレンス家に仕えた男で、亡くなったベーレンス夫妻やナターリエのこともよく知っていた。
「ナターリエ様はお元気でお過ごしでしょうか」家令は心配そうに口にする。「お優しい方ですから・・・どんなにお嘆きだったでしょう。お可哀想に・・・」
「確かにな」最後に会った時の今にも消えそうな彼女を思い出す。あれから少しは力を取り戻しただろうか。「以前の彼女はどんな風に過ごしていたんだ?」
「なんと申しますか・・・ベーレンス夫人はあの通りのお方でしたから、召使い達も皆萎縮しておりまして。お嬢様に親身になれるものはいなかったのです。夫人のお怒りを恐れて・・・」
なんとも気の毒な話だ。それであの少女は本と、それから猫を友としていたというわけか?
「しかしナターリエ様は皆にご親切で、召使いに声を荒げることもなく・・・下働きの子供たちには特に慕われておいででした」
「なるほど」王城でも彼女がパトリック少年に慕われていたことを思い出した。彼女はなかなかの人格者のようだ。
ナターリエはすでに伯爵位を継ぎ、いずれは領主としてこの地を治める身だ。
王都にいる間、この地の状況を彼女にも伝えねばとマティアスは思った。
「どこへ行ったやら・・・」
出立前にあの白猫の様子をと思うが、どこにも姿が見えない。
あの猫は誰かの飼い猫というのではなく、いつのまにかこの城に住み着いたものらしい。
厨房や作業場や、いろんなところに出入りしては甘い汁を吸っているようだ。
そう言うマティアスも猫のため部屋に干し肉を常備しているのだが。
心当たりを一通り見たが猫は見つからない。
あきらめて部屋に戻ると、寝台にのせた旅支度の上に猫は丸くなっていた。
「なんだおまえ・・・ここにいたのか」マティアスは寝台に腰掛けて猫のあごの下を撫でた。「おまえの友達に会ってくるぞ。伝言はあるか?」
猫はもっと撫でろとあごを持ち上げ、その様子にマティアスは小さく笑った。
するうちに、最後に会った時のナターリエの様子をふたたび思い出す。
やつれて無口だった彼女が、この猫のことだけは嬉しそうに語っていた。
猫の顎を撫でるマティアスの指は、ふかふかの首に巻かれたリボンに触れる。
彼女が猫に作ってやった紫色の首輪。
「ふむ」
マティアスは謎めいた表情の猫に話しかけた。
「ちょっと旅をする気はあるか?」