小説「光の物語」第157話 〜転変 13 〜

小説「光の物語」第157話 〜転変 13 〜

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転変 13

「きみの姉上のことだけど・・・」
その夜、ディアルはアルメリーアに尋ねた。
うとうとしかけていたアルメリーアは、彼の腕の中で眠たげに「はい?」と答える。
「ブルゲンフェルトに嫁いだレナーテ王女だ。彼女の消息を何か知ってる?」
意外な問いにアルメリーアは夫の顔を見上げた。
なぜディアルはそんなことを聞くのだろう?姉の身に何ごとかあったのだろうか・・・。


「特にこれといった知らせは・・・もちろん、ブルゲンフェルトの政変を案じてはいますけれど。父もほかの姉たちも」
最近の父からの便り・・・レナーテはブルゲンフェルトで大過なく過ごしているという・・・を思い、アルメリーアは答える。
その手紙を受け取るまでは、レナーテがブルゲンフェルト国王の愛人だという噂を案じていたが・・・。
「姉のことでなにか・・・?」


不安そうな妻の瞳を見てディアルは言葉をぼかす。
「いや・・・ミーネのこともあるからね。少し気になっただけだよ」
レナーテ王女が隣国王の愛人というのは真偽不明な話だ。
そんな話を持ち出してアルメリーアに心配をかける気にはディアルはなれなかった。


「隣国の状況は悪化するばかりでね・・・ミーネはあの国を離れたがっているんだよ」
「まあ、では・・・」
「ああ。近いうちに亡命することになるだろうな。彼女の夫が同意すれば・・・」
夫の言葉にアルメリーアは再び懸念をおぼえる。
ミーネの夫は、姉レナーテの夫と同じく国王の甥の一人だった。
ミーネ一家がそんな状況ならば、じきに姉一家もそうなるだろうか?



黙り込んでしまったアルメリーアの額にディアルは軽くキスをする。
「あと、マティアスのことだが・・・」
夫が話題を変えてくれたことに彼女は少しほっとした。
姉について確たる話は何一つなく、考えるほどに不安が増すばかりだからだ。
「なあに?」
「ナターリエ嬢の結婚条件をまとめるよう伝えたんだが、らしくもなく反応が鈍くてね。やはり彼女に未練があるらしい」
ディアルはマティアスからの手紙のことを話した。他の要件にはすべて何らかの応えがあるのに、ナターリエの結婚準備にだけは一言も触れていないと。


「そう・・・」
アルメリーアもマティアスの心中を察する。
ナターリエとの間で何があったにしても、せめてマティアスが今も王都にいたならば・・・。
間の悪い隣国の政変を彼女は恨めしく思う。


「きみの方は?パトリックに彼の兄のことを聞いてみたんだろう?」
「ええ・・・聞いてはみたけれど・・・」
アルメリーアは抱いた印象を夫に話す。
パトリックの兄、エルマーは静かで学問好きな人物らしい。
それはナターリエにも通じる性質ではあるが・・・。


「なんとなく、ぴんとこない感じがして・・・」
パトリックから聞いた足の骨の件をディアルに話すと彼は笑い出した。
「なるほど。たしかに好学の士ではあるようだね」
ひとしきり笑った後も、ディアルの笑いはなかなか収まらない。


どうやらエルマーは秀才ではあるが、人との交流にはあまり関心がなさそうだ。
ナターリエとの縁談を持ちかけても興味を示すのだろうか?
エルマーの両親は次男に良縁が巡ってきたことを喜ぶかもしれないが・・・。



「ほんとうに、マティアス様とナターリエがうまくいけばよかったのに・・・」
ぽつりと呟いたアルメリーアの顔をディアルは覗き込む。
「マティアスの株が随分上がったようだね。以前は点が辛かったのに」
自分でもそう思うアルメリーアは苦笑した。
「前は少し疑っていたの・・・マティアス様も、よくいる思わせぶりな男性の一人かと」


「聞き捨てならないな」
ディアルは体を入れ替えて妻に覆いかぶさった。
「思わせぶりな男に惚れ込んだことでもあるの?」
「それはね・・・もうずっと昔のことだけど」
からかうように笑う彼女にディアルは唇をとがらせる。
「いったいどこの誰だ?」


「母のサロンに出入りしていた吟遊詩人よ・・・金色の長い髪をして、それはそれは美しくて。彼の奏でる竪琴と歌声にもう夢中になってしまったの。それに彼の甘言ときたら天下一品で・・・」
ディアルは彼女の唇に唇を押し付けて黙らせる。
「けしからんな。吟遊詩人はこの国には出入り禁止だ」
「12歳の時の話よ」彼の髪に指を通しながらアルメリーアは微笑む。
「それでもだ。きみを誘惑するなんて許せん」
不服そうな呟きにアルメリーアはくすくすと笑い声を立てた。



「あなたは?以前誰かいらしたの?」
そんな危険な問いに答えるわけにはいかない。ディアルは笑みを浮かべて言った。「誰もいないよ」
「嘘ばっかり」
彼の様子からしてもそんなはずはないとアルメリーアは思う。
女性の扱いに慣れた様子の彼・・・ディアルが受けた帝王学には、きっとそうしたことも含まれていたのだろう。
「美しい貴婦人に熱を上げるくらいのことはあったけどね。それも子供の頃の話だ」
「いやね・・・私のことは聞いたくせに」
彼女は彼の顎を指先で優しくくすぐった。


「私のことを聞きたいならこうだよ・・・私の目に入るのはきみだけだ。私が気にかけるのも」
彼女の頬に優しく唇をつける。
「私がともに過ごしたいのも、キスしたいのも、こうして触れたいのもきみだけだ」
彼の指の感触に彼女はため息をついた。
「神がお許しくださるのなら、私の子を産むのもきみだけだ。そしてこの世を去った後、私の隣に眠るのもきみだけだよ」
彼女の唇に深く深く口付けた。


「どう?この答えで気に入ってもらえたかな?」
唇を離した後、ディアルは彼女の額に額をつけて囁きかける。
アルメリーアは彼の吐息を肌に感じながらうっとりと答えた。
「もしも気に入らないとしたら、私はどうかしているわね」