小説「光の物語」第84話 〜晴明 3〜

小説「光の物語」第84話 〜晴明 3〜

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晴明 3

「おまえが婚礼に出席するとは珍しいな」
広間の一隅で酒を飲みながらディアルが尋ねる。
「アーベル殿に頼まれたんだよ」
やっぱり来たかと思いながらも、マティアスはつとめて何気なく答えた。
実際それ以上の意味などないのだ。


「アーベルのばあやにね・・・いつもならうまいこと言って逃げるだろうに」ディアルは探るような目で従兄弟を見る。
「逃げる間もなく首根っこをつかまれてな」
白猫の粗相を思い出して苦笑する。まったく、よりによってあの場であんなことをしでかすとは。


マティアスが母代わりとも言うべきアーベルに弱いのはディアルも承知だ。
もっと追求したくもあるが、ひとまず他の気がかりを優先することにした。


「ナターリエ嬢はどうだ?今日出席できたのはいい兆しかと思うんだが」
「だいぶ持ち直したのは確かなようだ。だが、あまり急かすのはよしておけ」
明日にも見合いをさせそうなディアルにマティアスは釘を刺す。
「危なっかしくてな。地位と財産のある未婚の若い女性。しかも両親を亡くしたばかり。国中の不埒者が寄ってきそうじゃないか」
「たしかに一理あるが、そんな状態の女性に夫選びができるとも思えないが」
「それも一理ある」マティアスの言葉にディアルは笑った。「しかし今はいいが、ずっと修道院にいるわけにもいくまい。彼女はシエーヌの領主なのだし・・・そういえば、ナターリエ嬢は自家の領地のことを知っているんだろうか?」


ナターリエの父である亡きベーレンス伯爵は娘に関心がなく、もとは娘を結婚させて孫息子にあとを継がせるつもりだった。
その後の出来事からいっても、彼が娘に薫陶を授けていたとは思えない。


「少し話してみたが、シエーヌの大まかな特色や財源は知っていた。もちろん実務には関わっていないから、本から得た知識だけだが」
マティアスはナターリエが置かれていた環境をあらためて思い巡らした。彼女に無関心な父親、粗暴な母親、遠巻きな使用人たち。
「あんな家でよくまともに育ったものだよ」
マティアスの言葉にディアルは何かを感じる。「そうなのか?」
「ああ」マティアスはシエーヌの家令の話や、修道院の子供たちが彼女にべったりだったことを思い出した。「まとも以上だな。経験は必要だが、いい領主になるだろう」


「おまえから実務的なことを教えてやれよ。シエーヌへ戻るのを延ばして・・・」
「着任早々そう長く留守にもできんよ。北では雪が降り出したというしな」
「じゃあ、シエーヌの様子を彼女に手紙で知らせてやれ。おまえから見た状況や対処法を」つとめて事務的な話題として話す。「経験不足のままでは重臣や親戚連中に操られてしまうぞ」
マティアスは王子妃と語り合うナターリエを遠目に眺めた。俯いて話す彼女を王子妃が励ましている。そっと背中を撫でてやりながら・・・。
「あり得る話だな」


マティアスの視線を追い、ディアルも妻とナターリエに視線を向けた。
「彼女に合いそうな相手のことをアルメリーアと話したんだが、意外と難しかったよ。おまえから見てどうだ?」
「またその話か?」マティアスは苦笑する。「私に聞くのはお門違いだよ。その手の話題は苦手だ」
「そう言うな。彼女と話したんだろう?何か気付いたことがあれば」


マティアスはここ数日の彼女を思い返す。
猫を見た時は目をまん丸にし、甘えてくる少女たちには優しく接し、初めて食べるお菓子に夢中になり、湖を見ながら幸せそうな笑みを浮かべていた。
だが、そんなことを誰にも教えるいわれはない。


「・・・まあ、真面目な男がいいんじゃないか」
マティアスは何の参考にもならない答えをした。
「この数ヶ月で調査能力をなくしたのか?」
ディアルは心底がっかりしてぼやく。
「言っただろう、お門違いだって」
マティアスは笑い、グラスを持ってナターリエと王子妃のもとへ歩き出した。