小説「光の物語」第96話 〜深雪 9 〜

小説「光の物語」第96話 〜深雪 9 〜

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深雪 9


「マティアスが猫を連れてきたって?」
地方の視察から数日ぶりに戻ったディアルは妻からその話を聞いた。
「ええ。ナターリエがそう話していましたわ。この間王城に来た時に。おかげでナターリエはずいぶん元気になって」
その話をするアルメリーアは嬉しそうだ。


「マティアス様も猫がお好きらしくて・・・二人はその点気が合うようね」
「そうだな・・・あいつは動物が好きだ」
ディアルも動物は好きだが、マティアスはそれ以上だ。
昔王城で飼っていた犬や猫をたいそう可愛がっていたし、年をとって死んでしまった時にはしばらくふさぎ込んでいたっけ。


「しかしナターリエ嬢のためにわざわざシエーヌから連れてきたとはな。猫なら王都にもいくらでもいるのに」
「ナターリエが可愛がっていた猫だから、その子がいいと思われたのでしょう」
「いい兆候じゃないか?」
アルメリーアは思わず笑いをもらした。
「期待なさりすぎないで。マティアス様はとてもご親切な方ですもの」
「それにしてもさ」
友を思って先走りそうなディアルを彼女はいさめる。


「同じ立場に立てば、あなただってきっとそうなさいますわよ」
「そうかな・・・」ディアルは考えながら彼女の手を取った。「きみのためなら連れてくるよ、もちろん」
その言葉にアルメリーアはにっこりと微笑んだ。「マティアス様のためなら?」
「・・・まあ、連れてくるだろうな」
「お父上様のためには?」
「ああ」
「では、両親を一度に亡くした気の毒な少女のためなら?」
ディアルは苦笑いを浮かべて妻を抱きしめた。


「私をやりこめて楽しいか?」
ぎゅうぎゅうに抱きしめられて彼女は笑いとも叫びともつかない声をあげる。
「がっかりなさってほしくないだけよ。だって・・・」
言葉の続きは彼の唇に飲み込まれた。


しばらくの沈黙のあと、ディアルは長椅子で妻と寄り添いながらつぶやいた。
「マティアスはもう十分ひとりで苦しんだんだ。これ以上いまのような生活をしてほしくはないんだよ」
腕の中の彼女の顔を覗き込んで言う。
「務めで城を空けても、こうして必ず君のもとに戻れるのが私は幸せだ。あいつにもその幸せを知ってほしい。暇を持て余した貴婦人とその夜の寒さをしのぐだけなんて・・・そんな人生を送ることは望んでいないはずだ」ディアルは言葉を切って付け足した。「セシリアも・・・あいつの亡くなった恋人もね」
「ええ、そうでしょうね・・・」
確かにそうだろうとアルメリーアも思う。だがその一方、亡き後もそこまで思われるのは幸せかもしれない。


「もしもマティアス様とナターリエがそうなったとして、一緒になるのに障害はないのかしら?」
「障害って?」
「たとえば血縁関係があるとか・・・」
「それはないと思うが・・・念のためだ。調べておくか」
そんな事実が後でわかっては目も当てられない。


「それに結婚となれば交渉がつきものでしょう?持参金だとか領地のことだとか・・・」
「シエーヌの財政状況はわかっているし、マティアスの方も生まれた時に与えられた領地があるからな。今は彼女の方が金持ちだが・・・」
マティアスの父が亡くなれば、公爵位と公爵領を継ぐことになる。


「シエーヌと公爵領が合わさるのは大きすぎるな。勢力が突出しすぎるのを防ぐため、いくらか領地を返上することになるだろう。国境に近いシエーヌは削れないから、おそらく公爵領から。それを受け入れられるか・・・」
「彼女を愛していれば受け入れますわよ」
「ここはひとまずそうしておこう。領主にとって土地を失うのは身を削られる苦しみだがね」
あとで交渉の草稿を作ってみようとディアルは思った。


「あとは・・・両家のご親族?」
「そこが問題だな。各々の立場で言いたいことを言うだろう。でも・・・」
「でも?」
「国王の命令となれば誰も逆らえない。そうだろう?そして父上もマティアスの幸せを願っている」
「まあ、策士なのね」
微笑む妻に軽くキスをしてディアルは答えた。
「あいつにも幸せになってほしいだけだよ」