小説「光の物語」第125話 〜王都 11 〜

小説「光の物語」第125話 〜王都 11 〜

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王都 11

「ナターリエお姉様はお幾つでらっしゃるの?私ったら存じ上げなくて・・・」
とある夜会で、問題の少女ブリギッテは無邪気そうな笑顔と大声で聞いてきた。
ナターリエが話す人々の輪にすっと入ってきてしばらくした頃だ。


以前のナターリエなら違和感を感じつつも素直に答えただろう。
彼女と自分は一つ二つしか違わないし、なぜそんなことを聞くのかも、うまくかわす方法もわからずに。
だが、女性同士の争いに詳しいアーベルとテレーザから薫陶を受けた今は違っていた。
とくにテレーザからはさまざまなケースについて教わり、その中にはこうした場合の受け流し方も入っていた。


「野暮な質問をするほど幼くはなくてよ」
その答えにブリギッテはぐっと口をつぐみ、ほかの人々は小さく笑みを浮かべた。
ナターリエ自身は、切り抜けてほっとしつつも内心どきどきしていた。
「あら、ご挨拶する方が・・・少し失礼しますわ」
ナターリエはそう断って一旦その場を後にした。動揺したらとりあえずそうしろと、これはアーベルから教わったのだ。
社交界の人々は子供の頃からこんな訓練を受けてきていたのだろうか?
幼い頃からの側近もおらず、こうした処世術も教わってこなかったナターリエは暗澹たる思いがする。


「どうかしましたか?」
背後からかけられたその声にナターリエはどきんとしたが、平静を装い振り返る。
「マティアス様・・・大したことじゃありませんの。ただ・・・」
今起きた出来事をかいつまんで話す。
「こんなことはよくあることなんでしょうね・・・私、いちいち動揺して・・・」
小さく首を振る彼女にマティアスは微笑んだ。
「だんだん慣れますよ。それに、今だって立派に切り抜けたんでしょう」
彼の励ましはいつもどおりナターリエを心強くした。
だが同時に先日のダンスとその後の落胆も思い出さずにはいられない。
彼を慕う気持ちと期待せぬようにという気持ちで、どうしたらいいかわからなくなる。


「ありがとうございます・・・あなたには教えていただくことばかりですわ・・・」
囁くように言うナターリエを見下ろしながら、マティアスはディアルの話を思い出していた。


誰とも結婚などしない。セシリア亡きあと彼はずっとそう思ってきた。
彼の中の何かはセシリアと共に消えてしまい、いまだにそれに代わるものは見つからないのだ。
自分と似た境遇のナターリエを助けることで、自分自身も癒されるような気はする。
だが・・・。
「・・・お伝えしておきたいことがあります。こちらへ」
答えの出ない問題はひとまず棚上げにし、人に聞かれない一隅へと彼女を誘った。



あのゲオルグが近いうち王都に来る。
そのことを知らされたナターリエは言葉を見つけられなかった。
「大丈夫ですか?」
黙り込んでしまった彼女をマティアスが気遣う。
「ごめんなさい。思いがけないことで・・・」
小声で答える彼女の肩にマティアスは手を置いた。


「今のあなたにはテレーザが付いているし、王立修道院には限られた者しか入れません。特に男は」
いたずらっぽく付け加える彼にナターリエはなんとか笑みを返した。
「だからそれほど心配いらないでしょうが、もし彼が接触してきたら私に知らせてください。テレーザやアーベル殿にも」
「・・・でも、そんなことであなたにご迷惑をおかけしては・・・」
ナターリエは気後れして呟く。
「迷惑などではありませんよ。遠慮せず知らせてください」
そう優しく微笑まれ、泣きたい気分になった彼女は小さく俯いた。


彼への思いで胸が苦しい。
こんな人と身近に接したり、手紙をやりとりしたりして恋せずにいるなど不可能だ。
でも、こんなに良くしてくださるのは務めだからなのだわ。
せめて彼がこんなに素敵な人でなければいいのに・・・。
支離滅裂な思いが次々ナターリエの頭をよぎる


どこか悲しげなナターリエにマティアスは気を引かれた。
ゲオルグとのことを思い出しているのだろうか?
以前聞いた話からすると、それほど深い関係ではなかったようだが・・・。
どの程度の仲だったのかと想像してしまい、マティアスは思わずむかっとする。


音楽が流れ、人々がフロアで踊り始めた。
ダンスで気を変えるのもいいかもしれない、そう思ったマティアスは「踊りませんか?」と尋ねる。
そうしたら彼女に触れられると、意識の外で期待もしていた。
ところが・・・。


「・・・ごめんなさい。今日は少し疲れましたわ・・・」
断られるとは思っていなかったマティアスは驚いたが、すぐに「気づかずに失礼」と引き下がった。
実際、社交続きで疲れているのかもしれない。
それとも・・・ゲオルグのことを思い出したからか?


だがナターリエはマティアスのことを思っていたのだった。
マティアスと踊って天にも昇る心地だったのに、その直後に彼が立ち去ってしまったことを。
掴みどころのない彼になにかを期待してしまうことは避けたかった。
そのためには、こうした機会を避けるしかないように思えたのだった。