小説「光の物語」第166話 〜動乱 4 〜

小説「光の物語」第166話 〜動乱 4 〜

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動乱 4

「・・・・・・」
エルマーから新たな手紙を受け取ったナターリエは目が点になった。
彼はナターリエが書き送ったことにはまったく触れず、ただただ彼の関心事である医学のことばかりを書いていたからだ。
エルマーはどういうつもりでこの文通に応じているのだろう?


「おやおや」
経緯を聞いたアーベルは肩を揺らして笑う。
「アーベル様ったら・・・」
憤慨してみせるナターリエだが、顔には苦笑いが浮かんでいた。
女同士でこうした話をするのは不思議と楽しいものだった。


「まあ、どうも・・・エルマー様は結婚など頭にないようですね」
「アーベル様もそうお思いになる・・・?」
自分の想像と同じことを言われたナターリエは複雑な思いだった。
「ええ、かなり浮世離れしたお方のようですからね・・・悪い方ではなさそうですが」


そう、最新の医療について微に入り細に入り説明しようとする様子からも、エルマーの真面目さは伝わってきた。
しかしそれはこの状況・・・良い縁談を求められる立場の男女が文通している・・・の中で一般に期待されることではない。
ナターリエからの前回の手紙では医学の話はさらりと触れる程度にとどめ、彼の好みや希望について尋ねていたのだが・・・。


「エルマー様は医学に一途な方なのね・・・お邪魔をして悪いような気分だわ」
アーベルはナターリエの呟きに笑い出した。
「まあまあ、それはお考えになりすぎですよ。彼は医学の話ができて満足なのかもしれませんしね・・・それよりあなた様は?彼と文通してどうお思いに?」


どうと言われても・・・ナターリエは考え込む。
「正直、ぴんと来ないとしか言いようがないわ・・・」
「条件的に申し分ない組み合わせでも、それだけでは進まないものがありましてね・・・」
少女の戸惑いにアーベルは微笑んだ。


「どうしましょう。もうお返事を書かない方がいいのかしら」
生真面目なナターリエは頭を抱えてしまった
「それもよろしいですが・・・婿君候補でなく、ご友人として文通されては?」


思わぬ提案にナターリエは完全に当惑した。
「でも、王子妃殿下に仲立ちをお願いしてしまったのだから・・・中途半端なことは・・・」
「縁談は難しいものですからね。きちんとお話なされば妃殿下もわかってくださいましょう。過度なご心配は無用ですよ」
「でもでも、早くどなたかとの縁談をまとめてシエーヌに戻らないと・・・」
とめどなく現れてくるナターリエの「でも」をアーベルは笑い飛ばし、温かいお茶とお菓子を勧めるのだった。



「マティアスからか」
従兄弟から届いた急ぎの手紙をディアルは手に取る。
「またシエーヌで何か・・・」
読み始めたディアルは危うく手紙を取り落とすところだった。
これは本当の話か?


マティアスは書いていた。
『国境警備隊より知らせあり。
リーヴェニアのレナーテ王女とその夫のグライリヒ公を名乗る一行が現れた。
彼らはブルゲンフェルトから我が国への亡命を求めたため、警備隊長の館に極秘で匿っている。
私は早急に対面して確認するつもりだ。
まことにレナーテ王女夫妻であれば、内々に王都へ連れて行くことになるだろう。
彼女たちの処遇について方針を知らせてくれ』


暴動に巻き込まれて殺されたはずのレナーテ王女が?
あれは誤報だったというのか?
虐殺の現場は恐ろしい混乱状態だったことだろう。
別の誰かと間違われでもしたのだろうか・・・。


「ああ、くそっ」
もしも誤報だったとしたらことだ。
アルメリーアにとんでもない打撃を与えてしまった。
彼女は姉が暴徒に惨殺されたと思い、嘆きの日々を送っている。


だが、この新たな知らせとて真偽は不明だ。
マティアスからの続報が届くまでアルメリーアには話さぬ方がよかろう・・・これも誤報だったりしては彼女の神経が持つまい。
しかし本物だったらどういう展開になることか?


ディアルは忙しく頭を働かせた。
リーヴェニアの王女であり、ブルゲンフェルト国王の甥の妃であるレナーテ。
彼女を見捨てるわけにはいかない。最重要の同盟国リーヴェニアとの関係が危うくなる。
だがレナーテ夫妻を受け入れたなら、ブルゲンフェルトはどう反応するだろう?
彼らはブルゲンフェルトにとってどれほど重要な存在だろうか?


ディアルはややこしい状況にぐしゃぐしゃと髪をかき乱した。



「レナーテお姉さまから手紙ですって・・・?」
アルメリーアはただただ戸惑うばかりだった。
何度手紙を送ってもなしのつぶてだった姉。
暴動に巻き込まれて落命したはずの姉から?
一体どういうことなのか。まさか姉を騙る偽者・・・?


おそるおそる封筒を開くと、中には乱雑な文字でびっしり埋められた便箋と、小さな紙切れとが入っていた。
急いで書いたらしい便箋にはブルゲンフェルト王宮の暴動から間一髪で逃れたことや、夫のグライリヒ公とともに都を脱出したことが記されている。
どんなに恐ろしい思いをしたかを事細かに嘆く様子は、まさにアルメリーアが覚えているレナーテそのものだった。


そして、もう一つの小さな紙切れには一言こう記されていた。
『思わぬ嵐に見舞われたが、海が見たい思いに変わりはない』


アルメリーアは呆然としたが、その手紙が伝える事実に安堵の吐息を漏らした。
「・・・レナーテお姉さまだわ・・・」