新天地 7
「ナターリエ様・・・ナターリエ様」
ある夜、小さく自分を呼ぶ声でナターリエははっと目を覚ます。
寝台の横には、彼女が読み書きを教える少女の一人が寝巻き姿で立っていた。
「まあ、ニーナ・・・どうしたの?」
窓からの月明かりでよく見ると、少女の顔は涙で濡れている。
「怖い夢を見たの・・・ナターリエ様、一緒に寝てもいい?」
まだあどけない少女は手で涙をこすりながらそう答えた。
夜の修道院は真っ暗だ。
寝室を抜け出し、自分の部屋からここまで来るのも怖かっただろうに・・・。
ナターリエは胸がきゅんとなり、寝台の場所をつめて上掛けをめくってやった。「いいわよ」
ニーナはすばやく寝台によじ登り、嬉しそうにナターリエにくっついてきた。
ニーナが眠ってしまった後、ナターリエはひとり考えていた。
こうして寝かせてあげたのは正しかったのだろうか?
甘やかさず、叱って部屋に戻らせた方がよかったのかもしれない。
彼女の母や父なら間違いなくそうした・・・もっとも、彼女は彼らと一緒に寝たいなどと思いつくことさえなかったが。
ナターリエはニーナの髪をそっと撫でた。
すやすやと寝息をたてるいとけない少女。
まん丸い頬と乳臭い匂いに心が癒される気がする。
だがそうするうち、少し前の彼女なら考えもしなかった懸念が胸の奥に浮かんできた。
この子はなぜ私のところに来たのだろう?
純粋に私に懐いてくれているのか、それとも・・・それとも、ゲオルグがそうだったように何らかの下心があり、私ならたやすい相手だと・・・?
こんな幼い子にばかなことをと思いつつ、不安はひとりでに湧き出てくる。
また、彼女は両親の事件を引きずっていた。
あの家の娘であること・・・それは恐ろしいことのように思えた。
この子は私に近づかない方がいいのではないか?
こうして近くにいることで、この子にまで悪いことが起こりはしないか・・・。
自分の考えにくたくたになり、ナターリエはいつしか眠りに落ちる。
そして朝までの間、寝相の悪いニーナに何度も蹴飛ばされるはめになった。
数日後、王立修道院にマティアスからの手紙が届く。
「あなた様あてでございますよ」
アーベルから封筒を渡されたナターリエは意外さに目を見開いた。「マティアス様から?私に?」
「きっとシエーヌの様子を知らせてこられたのでしょう」
そう言われて封を開いたナターリエは、小さな紙に走り書きされた内容にくすくすと笑い出した。
ナターリエが声を立てて笑うのは事件以来初めてのことだ。アーベルは嬉しさと好奇心にかられた。「なんと言ってこられました?」
ナターリエは笑いながらその紙切れをアーベルに手渡した。
「あなたの白いご友人はすこぶる元気です。夜中にたたき起こされて閉口しています」アーベルは短い手紙を読み上げる。「まあ・・・何ですかね?これは・・・」
呆れるアーベルをよそに、ナターリエは小さく笑い続けた。
あの白猫はシエーヌで元気にしているのだ。
相変わらず夜中に人の部屋をノックしているのだ。
その事実はナターリエを元気付け、黒く塗りつぶされたようだった故郷を少しだけ懐かしいものにした。