小説「光の物語」第93話 〜深雪 6 〜

小説「光の物語」第93話 〜深雪 6 〜

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深雪 6

「あなたがテレーザね」
ナターリエと共に赴いた王城で、テレーザは王子妃と初めて対面した。


「お初にお目にかかります。妃殿下にはご機嫌麗しく」
お辞儀をするテレーザにアルメリーアは頷く。
「アーベルのばあやのご親戚で、王城にも長かったとか・・・頼もしいことだわ。ナターリエをよろしくお願いね」
「かたじけのうございます」
王子妃の柔和な雰囲気にテレーザは魅了された。
噂通りのすばらしい美女だし、いつまでも一緒にいたくなるような懐かしい女性だ。


「最近はどう?修道院では何か新しいことがあって?」
ごく私的な面会として招かれたため部屋には他の客はいない。
数年ぶりに王城を訪れたテレーザはもちろん、ナターリエもほっとする。
他の貴婦人たちに立ち混じって社交をするには、まだ気後れしてしまいそうだったから。


「相変わらず子供たちの勉強を教えていますが、最近は猫の世話が加わりましたの」
小さな笑みを浮かべてナターリエは答える。
「まあ、猫?」
初めて聞く話にアルメリーアは興味をそそられる。
「ええ。もとはシエーヌの城にいた猫ですの。先日マティアス様が連れてきてくださって・・・」


ナターリエが表情豊かに猫の話をする様子にアルメリーアはほっとする。
マティアスは善行を積んだものだ。
家出をしたこの子を修道院へ運んでやり、この子の大事な猫を連れてきてやり、さらには側近となるべく女官まで手配させるとは・・・。


「可愛らしい猫のようね。マティアス様が連れてきてくださったなんて・・・きっとあなたを喜ばせたかったのね」
あのマティアスが猫を抱えて旅するところを想像してアルメリーアは微笑する。
「はい・・・マティス様はほんとうにご親切な方ですわ」
ナターリエもしみじみそう答えた。


アルメリーアは夫の言っていたことを思い出す。
マティアスがナターリエに特別な感情を抱いているのかもしれないと・・・。
確かにその可能性はありそうだ・・・少なくとも、好意を持っていないということはあるまい。


とはいえ早合点は禁物、アルメリーアは自分をたしなめる。
「北方はいま大雪だとか。シエーヌではどうかしら?マティアス様から何か知らせはあって?」
「先日お手紙をくださいました。連日ものすごい降りだと・・・大きな被害は出ていないようですが」
「マティス様には不案内な土地ですもの、お困りのこともおありでしょうね。あなたはお返事は?」
「はい、差し上げました・・・多少なりとシエーヌのことをお伝えできればと」
「いいことね。あなたのお手紙はきっとあの方の助けになるでしょう。折に触れてお便りをさしあげるといいわ」
「はい・・・」
王子妃の言葉にナターリエは小さく答えた。


ナターリエはバルコニーに外の空気を吸いに行き、アルメリーアはテレーザに話を聞く。
「あなたは?久々のお勤めにはもう慣れて?」
王子妃の問いにテレーザは恐縮しながら頷いた。
「修道院での暮らしに始めは驚きましたが、皆様とてもご親切で・・・。それにナターリエ様は心根のお優しい方ですもの」
その表情にも言葉にも、テレーザが新たな主人に愛着を抱き始めていることが表れていた。
「ええ、あの子はとても純粋な子だわ。そこにつけこまれないよう、いろいろ教えてあげてちょうだいね」
アルメリーアはそっと声をひそめる。
「宮廷にはきれいに着飾った物の怪がうろうろしていますから」
「及ばずながらあい務めます」
テレーザは笑いを噛み殺してそう答えた。


ナターリエはどうやらよい側近を得たようだ。
テレーザが浮かべるいたずらっぽい表情を見て、アルメリーアはそう思った。



一方、バルコニーに出たナターリエは小さなため息をついていた。
マティアスと自分の文通には、やはり管理者と領主の連絡以上の意味はないのだ。
王子妃が自分に書くよう勧めた手紙は、あの時マティアスが自分に求めた内容と全く同じだもの。
わかっていたことなのに・・・なぜ自分は落胆しているのか。


マティアスからの手紙に心をときめかせたり、返事に頭を悩ませるなんて愚かなことなのだわ。
もっとしっかりして恥ずかしくないようにしなければ・・・。
ナターリエは自分自身を厳しく戒めた。