小説「光の物語」第101話 〜聖夜 3 〜

小説「光の物語」第101話 〜聖夜 3 〜

スポンサーリンク

聖夜 3

マティアスはシエーヌで降誕祭を迎えた。
大雪被害の対応もひと段落し、無事にこの日を迎えられたことに安堵する。
礼拝の参加者たちが到着し始めるまでの間、マティアスは城内を歩き回ってみることにした。


来客に備えて使用人たちは忙しそうだが、厨房の裏手にはたむろする子どもたちの姿がある。
きっとナターリエが手紙に書いていた子たちだ。マティアスは彼らに近づいた。
「やあ」
「あ・・・領主様・・・」
マティアスと話すのが初めての子供たちはかしこまって彼をそう呼んだ。
「そう呼んでくれるのは光栄だが、私はここの領主じゃないよ。領主はきみたちもよく知ってるナターリエ殿だ」
「じゃあ、なんとお呼びしたら・・・?」
「マティアスと呼んでくれればいい」
マティアスのくだけた雰囲気に子供たちはほっとしたようだ。


「マティアス様、ナターリエ様はもう帰ってこられないんですか?」
「そのうち帰ってくるが、いまは王都に大事な用があるんだ。きみたちはナターリエ殿と仲がいいんだって?」
「はい。あの方はお優しくて好きです。怒鳴らないし、ときどきお菓子を持ってきてくださったり・・・」
「おい、やめろよ」
大切な秘密をばらすなと他の子が遮る。


「大丈夫、きみたちの秘密は守ると約束するよ。お菓子が好きか?」
子どもたちは無言で頷く。
「じゃあ今度私からも届けさせよう。降誕祭にはもう遅いが、新年の贈り物だ」
その言葉にみな笑顔になり、マティアスの株は一気に上がった。


「あなたたち何してるの。はやく自分の仕事を済ませなさい」
女官が遠くから大声で呼び、子供たちは蜘蛛の子を散らすように持ち場へと戻る。
「本当にもう、すぐに遊びたがって・・・まあ、これは」
女官はマティアスの姿を認めてお辞儀した。


「少し城の様子を見て回っているんだ。邪魔して悪かったね」
「そんな、とんでもない・・・お見苦しいところをお見せして」
「きみはこの城には長いのか?」
「はい、先先代の伯爵の頃からですから・・・もう30年ばかり」
「それはすばらしい」
ナターリエの手紙にこの女官のことは書かれていなかったようだが・・・?


「はい、先代の奥様にはよく取り立てていただきました・・・本当になんて残念なことで」
おっと、この女官には要注意だな。マティアスは心の中で飛び退いた。
「これからも励んでくれたまえ。目下の者には優しくな」
マティアスは早々にその場を後にした。


裏庭を通って城へ戻る途中、馬屋の近くの人影に気付く。
あれは馬番のハンスと、彼が想いを寄せていた下働きの少女だ。
頬を上気させたハンスは勢いこんで話し、下を向いてはにかむ彼女もまんざらではなさそうだ。
マティアスはにやにやしながら城に戻った。


あなたのおかげでとても幸せ、か。
マティアスはふとナターリエの手紙を思い出す。
なかなかの殺し文句だな。彼女がそんなつもりでないことはわかっているが。
その手紙を読んだ時に抱いたと同じ、心あたたまる感覚を彼は楽しむ。


礼拝の時間になり、盛装して聖堂へと向かった。
訪れた諸侯の挨拶を受けつつ席に着く。
礼拝のあいまに石造りの聖堂にゆっくりと視線を走らせた。
王城の聖堂ほど美々しくはないが、穏やかで感じのいい建物だ。


彼の恋人が亡くなったのはちょうど降誕祭の頃だった。
だからこれまではこの時期になると悲しみと怒りに苛まれるのが常だった。


だが今年は彼女が与えてくれた幸福を思い出せた。
淡いまっすぐな金髪をした恋人。彼女の腕の中で過ごした至福の時。
ディアルの学友として王城に行くことになった時、彼女から離れたくないマティアスに彼女は言った。
「お行きください。あなたならおできになれます」と。
ディアルと外遊に行くことになった時もそうだった。
「行かれないと。外国をじかに見られるなんて素晴らしいことですわ」と。
自分を愛し育んでくれた得難い女性。


もう一度だけでいい、きみに会えたら・・・。
これまで何度となく願ったことを今日も思う。
もう一度会えたとしたら彼女はなんと言うだろう?
彼女を守れなかったふがいない自分を責めるだろうか。
それともあの頃と同じように微笑んでくれるだろうか。


礼拝は終わり、人々はマティアスに挨拶をしに寄ってくる。
一人を終えても次が控えていて相手をするのも一苦労だ。
とある重臣の妻が、丁重に挨拶する夫の背後から色目を送ってくる。
厄介ごとの匂いがぷんぷんするな。マティアスは社交用の笑みを浮かべてやり過ごした。


ようやく聖堂から出ると、凍りそうな空気の中を粉雪が舞っていた。
夜空に浮かぶ小さな雪雲は月を隠すこともしていない。
この降りならばすぐに止むだろう。
マティアスも城の皆も、今夜は月明かりに守られて過ごせそうだ。

あなたのおかげでとても幸せ、か。

中空から静かに照らす満月を彼は見上げた。


自室に戻り、ナターリエの手紙を入れた引き出しを見る。
同じ場所には亡き恋人が送ってくれた手紙の束も入っている。
指先でそっと古びた束をなぞり、慣れ親しんだ寂しさにため息をついた。
窓のはるか向こうには月光に浮かびあがる山々の稜線が広がっている。


昨年はディアルが結婚して寂しさもひとしおだったが、今年はそれほどでもない。
単にその事実に慣れたのか、それとも見知らぬ土地で忙しくしているせいか。
あるいはさまざまな形の純粋さに触れて、ありし日の心持ちを思い出したからかもしれなかった。