小説「光の物語」第107話 〜手紙 5 〜

小説「光の物語」第107話 〜手紙 5 〜

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手紙 5

ナターリエは忙しい日々を過ごしていた。
修道院の日課と修道院の子供たちの勉強の世話、それから領主の勉強。
根を詰めすぎないようにとアーベルからは助言されたが、生真面目なナターリエはなかなか手抜きができない。


合間にテレーザと衣装のことを話し合うのがいい息抜きになった。
以前は服装のことにあまり興味が持てなかったが、今はテレーザとそうした話をするのを楽しんでいる。
これはテレーザが気の置けない人柄だからだろうか?ナターリエは思う。それともマティアスのことを思って装うから?



「とてもお綺麗ですわ。明るい色がよくお似合いです」
厳しい寒さの緩んだある日、王子妃に招かれて王城のサロンに参るナターリエをテレーザは称賛する。
光沢のある薄いピンク色のドレスは、ナターリエの黒い瞳や若々しい肌の魅力を引き立てていた。


「まあ、ナターリエ。今日は一段と素敵ね」
サロンに現れたアルメリーアは彼女ににっこりと笑いかける。ナターリエが自分らしく過ごし始めたことを喜んでいるようだ。
ナターリエは感謝をこめて通り過ぎる王子妃にお辞儀した。


「ナターリエお姉様、本当にとっても素敵・・・憧れてもよろしいかしら?」
サロンにいる令嬢たちのうちの一人、ドレスラー家のブリギッテがナターリエのそばで話しかけてきた。
おそらくナターリエより一、二歳年下だろうか?
社交界にデビューしたばかりの彼女だが、可愛らしい顔立ちの下に何かあざとさを感じさせる。


「まあ、ブリギッテ様・・・お元気?」
彼女に漠然とした違和感を抱くナターリエだが、かといってこの場をうまく切り抜ける話術も持ち合わせない。
当たり障りのない返事でこの場をやり過ごそうとする。
「先日お姉さまをお見かけして以来、うっとりしておりましたの・・・とってもお綺麗で、お優しそうで・・・」
歯の浮くような台詞を聞かされ始め、ナターリエは顔がひきつりそうになる。
この子は一体何なのだろうか?


「そんなこと・・・妃殿下をご覧くださいませ。あの方こそ憧れるべき方ですわ」
とっさに貴婦人たちとバルコニーにいるアルメリーアを話題にする。
申し訳ないような気もしたが、この子もまさか王子妃に対してこんな振る舞いはすまい。
「ええ、もちろん・・・でもね、ブリギッテはお姉さまを最初にお見かけした時から大好きですの。だって・・・」
漂う不気味さにナターリエが遠い目になりかけた時、ちょうどテレーザがやってきた。
「ナターリエ様、妃殿下がお呼びでございますよ」
天の助けだ。ナターリエはブリギッテに断り、大慌てでその場を離れた。


「テレーザ、妃殿下がお呼びなの?」
「いいえ。でも、どうぞ妃殿下のお近くへ」
「呼ばれていないの?じゃあ・・・」
テレーザはどうしてあんなことを?ナターリエは戸惑う。
「お困りのご様子でしたから・・・出過ぎたことでしたでしょうか?」
ナターリエはようやく理解した。テレーザは自分に助け舟を出してくれたのだ。
側近の存在にナターリエは安堵の息をつく。
「ありがとう・・・テレーザ。あなたがいてくれて心強いわ」
その言葉にテレーザはにっこりと微笑んだ。


「ナターリエ、ここにいたのね。最近はどう過ごしていて?」
バルコニーから戻ってきたアルメリーアが声をかけてくる。
「いろいろと本を読んで・・・それから以前と同じく子供たちの勉強を見ております。ただ・・・」
「何かあったの?」
「アーベル様によると、このところ悪い風邪が流行っているとかで。慈善病院に患者が増えているそうです。子供たちにうつらないかと心配ですの」
「子供たちもだけれど、あなたとテレーザもね・・・よくよく気をつけてちょうだい、そんな病気になってはいやよ」
王子妃からそっと腕に触れられ、ナターリエは心が温かくなる。


「ありがとうございます・・・マティアス様も、病気などしないようにとお手紙に書いてくださいました」
手紙の結びの何気ない一文もナターリエにとっては大切な宝物だ。彼をよく知る王子妃の前では話題にしたくなってしまう。
「まあ、そうなの」
アルメリーアは笑顔で相槌を打つ。
「はい。それにいつも大切なことを教えてくださいます。本当に素晴らしい方です」
「そうなの・・・」
アルメリーアは内心どきどきした。ナターリエはマティアスのことを話さずにはいられないようだ。乙女らしい瞳と表情をして。
「ええ。あの方はとてもお優しくて、それになんでもよくご存じで・・・」
嬉しそうにマティアスの話をするナターリエを、アルメリーアは優しく見守った。