小説「光の物語」第112話 〜手紙 10 〜

小説「光の物語」第112話 〜手紙 10 〜

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手紙 10

「少し具合が悪いと言って、母上は部屋に戻ったんだ。それきり二度と会えなかった」
ディアルの母は数年前に諸国を襲った大疫で亡くなっていた。
アルメリーアの国でもその疫病の影響は大きく、身近な知人や友人も何人か亡くなっている。


ディアルはその時のことを初めて詳しく話してくれた。
王位継承者であるディアルは、同じく王位継承権を持つマティアスと共に母后から遠ざけられたこと。
しかし、最も守られるべき国王はそうしようとしなかったこと。


「父上は私とマティアスを部屋に連れて行き、私の肩に手を置いて言った。『父が戻らなかったらあとは頼むぞ』と。それからマティアスにも、息子を助けて国を守ってくれと」
その時の父の顔をディアルは今でも覚えている。病の妻と離れるより、ともに死ぬことも辞さぬ瞳。
「それから我々を痛いほどの力で抱きしめ、母上の病室へ戻った・・・」
「まあ・・・」
当時のディアルを思うと可哀想になるが、それでも国王の決意には心を打たれた。
あのいつも冷静な国王グスタフが・・・だが、彼はそうせずにはいられなかったのだろう。


「恐ろしかったでしょうね・・・」
「ああ、あれほど恐ろしかったことはないね。腹も立ったし・・・」
一度に両親を失うかもしれず、突然王位に着くことになるかもしれない。
もしかしたら自分も感染しているかもしれないし、明日にも発病して死ぬかもしれない。
世界が突然ひっくり返ったようで何もかもが恐ろしかった。


「数日後に母上は亡くなったと聞かされたが、感染を避けるため亡骸にも近付けず・・・」
痛ましい話にアルメリーアは彼を抱く手に力を込め、彼の髪に口付けた。


疫病で亡くなった者は早く葬らねばならない。
ディアルとマティアスは城の礼拝堂の二階から、祭壇前の棺に横たわるへレーネとその傍らに立つ国王を見た。
いつも力強い父王が、その時だけはひどく小さく見えた。


その後定められた隔離期間を経て、ようやく再会した父王は憔悴しきっていた。
「すまない。父を許せ」と一言言い、それを聞いたディアルは父に抱きついて号泣した。
父は息子を抱きしめて一緒に泣いた。
父王が泣くのを見たのは後にも先にもその一度きりだった。


政務に戻った国王を手伝い、疫病の流行も徐々に落ち着いていった。
皆の前ではなんとか落ち着いてふるまったが、夜になると母が恋しくて泣き暮らした。
母を奪った運命が憎く、なぜあの優しい母がと悔しくてならなかった。


「だが日が経つうち、思うようになったんだ。母上はきっと幸せだったろうと・・・」
「ええ・・・そうね・・・」
アルメリーアは慰めを伝えようと彼の腕をさすった。
「若くして亡くなったのは不幸なことだったが、人生の初めに父上と出会い、それからずっと愛し合って共に過ごせたのだから・・・亡くなるその瞬間まで」
「ええ、その通りよ・・・」
彼の手をとり、かたい手のひらをやわらかな指先で優しく撫でた。
おそらく王妃へレーネは夫に病室から出て行くよう言っただろう。
国王として、父としての義務を果たしてくれと。
しかし心の中では夫の行動にどれほど感動していただろうか。


「あの時に思ったんだ・・・何者であろうと逆らえないものがこの世にはあるのだと。運命がそうすると決めたなら我々は全くの無力だと」
それは少し悲しい言葉のように思えた。いつも大らかに見えていたディアルだが、心には深い諦めがあったのだろうか・・・。
「だが同時に、人は愛にこそ逆らえないのだと思った。あれほど賢く強い父上ですら例外ではないのだと・・・それは、運命の残酷さ以上に素晴らしいことだと思ったんだ・・・」


その言葉にアルメリーアは微笑みを禁じ得なかった。これこそ全くディアルらしい。
「あなたみたいに・・・明るい方は見たことがないわ」
「能天気な奴だと言いたいんだろう。マティアスに以前言われたことがあるよ」
思わぬところで図星をさされ、アルメリーアは目をぱちくりとした。
ディアルはそんな妻に顔を近づけてにやりと笑う。


「能天気で悪いか?マティアスはたしかに切れ物だが、皮肉を言いながら一人寝の毎日だぞ。かたや能天気な私は美人の奥さんと日々楽しんでる」
「まあ・・・何てことを」
全く質の違う問題を持ち出されてアルメリーアは笑い出した。
「だってそうだろう?愛する人と仲良く暮らせるなら、それに勝る賢さは何もないさ」
ディアルは妻の頬にキスをし、アルメリーアはにっこり笑って夫の唇に口づけた。
「私はあなたがあなただから愛しているのよ・・・能天気であろうとなかろうとね」