小説「光の物語」第128話 〜王都 14 〜

小説「光の物語」第128話 〜王都 14 〜

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王都 14

「母上と父上だって、私が生まれるまで六年近くかかったんだよ。焦ることはない」
「六年・・・」
ディアルの膝の上でアルメリーアは小さくため息をついた。
きっと王妃へレーネにとっては長い長い年月に感じられたことだろう。


「両親はこの上なく睦まじかったが、それでもそういうことはあるんだ」
「そうね・・・」
彼の腕の中でアルメリーアはぼんやりと答える。
でももし、六年が十年になり、十五年になったら・・・。


「お二人とももっと子供を望んでいたが、叶わなかった。・・・母上が流産した時のことを覚えているよ」
「まあ・・・本当に?」
見上げた彼は少し寂しそうだ。
「ああ。弟か妹ができると聞いた後だったからね・・・よく覚えてる」
母はすっかり憔悴してしまい、父は寸暇を縫ってそんな母に付き添っていた。
ようやく回復した母と父と、三人で見ごろの藤棚を見に行ったことを思い出す。
はしゃぐディアルを見守りながら両親は静かに寄り添っていた。
紫にけむる花に囲まれた子供時代の記憶。

「お気の毒に・・・両陛下も、あなたも・・・」
彼の手に手を重ねると、彼はその手をとって口付けた。


「きみには六人も兄姉がいるんだものね。ご両親はやはり睦まじいの?」
何の気なしに尋ねられたアルメリーアは、しかし答えに困ってしまった。
果たしてあの両親は睦まじいと言えるのだろうか・・・?


「どうかしら。父にはロマンチストなところもあるわ・・・母はとても美しい人ですし・・・」
「もちろんそうだろうね」
ディアルは彼女を引き寄せて頬にキスをした。
「でも仲がいいのかどうか・・・正直言ってよくわからないわ・・・」
「わからない?喧嘩が多いとか?」
ディアルは小さく首を傾げる。
「いいえ、そういうわけでもなくて・・・」
アルメリーアは言葉を探したが、ぴったりくる表現が見つからない。



「・・・母は、ブルゲンフェルトを離れたくなかったのですわ。こんな小さな宮廷には我慢がならないと、私たちによく言っていました」
大国からリーヴェニアに来た母は嫁ぎ先が不満で、よくそのことをこぼしていた。夫である父のことも。
「子供たちに?」
アルメリーアとは随分性格が違うようだなとディアルは思う。
「ええ。どうして私が海のない小さな国になんてと・・・」
ディアルは困ったような顔をした。


「義父上はなんと?」
髪を梳く彼の指の感触を彼女は味わう。
「何も・・・父は国王で、母との結婚は大国との同盟の証で・・・それに母はたくさんの子を産んで、式典には出席して、皆に賞賛されるほど美しくて・・・」
口にしながらアルメリーアはなんとも言えず寂しい気持ちになったが、なぜかはよくわからなかった。
「だから申し分ないと思っているのか・・・よくわからないわ」


王妃の務めを機械的にこなし、それ以外の時間は芸術に没頭していた母。多くのものに囲まれながら幸せそうには見えなかった母。
母は大国ブルゲンフェルトの名家の娘であるため、父にとっては妻といえども腫れ物のような存在なのかもしれない。特に母のあの気性では。
それとも両親なりに愛し合っているのだろうか?


「ご両親はきみたち兄姉には優しかったの?」
両親に深く愛されて育ったディアルだが、そうではない家庭もあるのだということはマティアスを見て知っていた。
「そうね、父の方がいくぶん情があるかしら・・・でも・・・」
父にとって娘たちは政略結婚のための駒であったことも事実だ。
娘が五人いて幸運だ、周辺諸国すべてと縁を結べるといつも言っていた。


「義母上は?」
「母は・・・」答えようとしても言葉は途切れる。
「・・・わからないわ。母がどういう人なのか、私には・・・」
「どうして?」
どうしてと言われても・・・アルメリーアは考えながら眉根を寄せる。
「・・・母は・・・とても予測がつかないの。今日は猫可愛がりしたかと思うと、あくる日には真逆という調子で・・・」


ディアルは妻の顔を首元に抱き寄せた。
「かわいそうに。私がそこにいればな」
「私にはばあやがいてくれたわ」彼女は小さく微笑む。「母の分も愛してくれました」
「ばあやに感謝しないとな」
彼女の唇にそっとキスを落とす。
「でも、きみのそばにいて守ってやりたかったよ」
彼の優しさに心が満たされる思いがし、彼女は息をついて目を伏せた。


どことなく切なそうな笑みで彼は彼女を見つめる。
「我々は仲がいいかな?どう思う?」
アルメリーアは虚をつかれたように彼を見返した。
「ええ・・・そう思うわ」
あっさり答える彼女をそっと抱きしめる。
「どうしてそう思う?」
「どうしてって・・・」彼女はなぜだか泣きたい気分になる。「ただそう感じるの」
「そうか」妻の首筋に顔を埋めて彼は呟く。「よかった」