転変 7
「そうか・・・」
アルメリーアからナターリエのことを聞いたディアルは、低い声でそう呟いた。
「残念だな」
ディアルは従兄弟マティアスとナターリエが結ばれることを願っていた。
その彼にとって、ナターリエが別の縁を探し始めたのはなんとも複雑なことだっだ。
「ここ最近の二人にはただならぬものがあったのにな・・・マティアスは本当に拒絶したんだろうか?」
彼らの行く末に期待していただけに、ディアルは思わずにはいられない。
「さあ、それは・・・」さすがにそこまでナターリエに聞くことはできなかった。「でも、望ましい展開ではなかったようね・・・」
「マティアスの馬鹿め」
ディアルは舌打ちして妻の肩に腕を回す。
「あんないい子に慕われて袖にするとはな」
しきりに無念がる夫にアルメリーアは優しい笑みを浮かべた。
「マティアス様も、ナターリエを思っているんだわ・・・」
「うん?」
ディアルは少し驚いたように妻に顔を向ける。
マティアスがナターリエに心を決めるかどうか、彼女はかなり懐疑的だったはずだが・・・。
「そうよ・・・あの方がナターリエのためにしてあげたことを思えば」
彼女が安らげる環境を与え、領主として必要な知恵を授け、自信を育て・・・しかも。
「ナターリエのご両親と、それからあの時一緒に亡くなった女性と赤ん坊の墓所も、きちんと整えて下さったそうよ。シエーヌで・・・」
ナターリエからその話を聞いた時は、アルメリーアもさすがに泣きそうになったものだ。
有能で情が深くて、傷ついたマティアス・・・。
「あいつらしいな」
ディアルもため息をついて親友を思う。
「あいつの恋人は・・・セシリアは、まともに弔ってもらえなかったんだよ。彼女の夫にとっては降って湧いた結婚で、特にセシリアに思い入れもなかったから」
病で亡くなったセシリアの遺骸は玄関先で墓掘り人に渡され、彼女の夫は雨が降っているからと埋葬にも立ち合わなかった。
墓には墓碑もなく、彼女がどこに葬られたのか誰にもわからない。
それを知った当時のマティアスは二重三重に打ちひしがれた。
「なんてことなのかしら・・・可哀想に・・・」
ナターリエからあらましを聞いてはいたが、改めて夫の口から聞くと涙を禁じ得なかった。
その頃を思い出したディアルも妻を抱き寄せる。
「・・・ナターリエ嬢の気持ちもわかる。こんな時、彼女が故郷に戻りたがるのは当然のことだ」
しばしの沈黙ののち、妻の涙を指先で拭いながらディアルは切り出す。
「彼女の好みは、本が好きで静かな男か・・・誰か心当たりはある?」
「ええ、そうね・・・彼女とも話したのだけれど、パトリック・・・」
「パトリック?あいつはまだ10歳だぞ。結婚年齢にはほど遠い・・・」
「・・・の、兄君よ。シュレマー家の次男の」
驚きの声をあげる夫をアルメリーアはなだめた。
「兄?・・・彼女はそいつと面識があるのか?」
「いいえ。でも、パトリックの話では大変な読書家らしいわ。次男だから、聖職者になる勉強をしているとか・・・」
「なるほど。物静かな本好きらしく聞こえるな」
ナターリエとマティアスとの件を惜しむディアルには、どんな良縁も厄介ごとのように思える。
その思いを感じ取ったアルメリーアは彼の手をとって慰めた。
「だが・・・仮に婚約してシエーヌに戻ったとして、あそこには管理者としてマティアスがいるんだぞ。ナターリエ嬢もマティアスも、そんな状況に耐えられるんだろうか?」
「わからないわ。ナターリエは真面目な子だし、お相手を裏切るつもりはないでしょうけど・・・」
「つもりがなくても、ことが起こる時は起こる。そこら中で見聞きする話だ」
「もう・・・」
半ばそれを望むかのような夫の声音にアルメリーアは苦笑する。
「でも、彼女は相応の相手と結婚してシエーヌに戻る必要があるわ。それは最初からわかっていたことですもの」
「ああ、そうだな。それにマティアスのために彼女を待たせておくわけにもいかない・・・その通りだよ」
ディアルはため息をついて妻の肩を抱く。
「ただ、どうにもやりきれないな・・・」
思いを同じくするアルメリーアも、夫に寄り添ってやるせなさを噛みしめた。