小説「光の物語」第164話 〜動乱 2 〜

小説「光の物語」第164話 〜動乱 2 〜

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動乱 2

「ブルゲンフェルトへの縁組が決まった時、姉はとても喜んでいたのよ。母の故郷に、姉妹たちの誰よりも大きな国に嫁げると・・・」
その夜、アルメリーアは涙まじりに夫に語っていた。
まだ故国リーヴェニアにいたころの姉を思い、切なさがこみあげる。


「お相手のグライリヒ公のことも、どんな方かしらとあれこれ想像して・・・」
「グライリヒ公か・・・」
レナーテの夫であり、ブルゲンフェルト王の甥であるグライリヒ公。
彼も暴徒の手にかかったのだろうか?
「二人の間に子どもは?」


「いいえ。数年前に男の子が生まれたけれど、すぐに亡くなってしまって・・・」
「そうか・・・」
それを聞いたディアルはため息をつく。
「一体姉はあの国でどう過ごしていたのかしら・・・」
新たな涙にくれるアルメリーアをディアルは抱いて慰める。


いつも何かに夢中になっていた姉。
大国の宮廷で栄華を極めたいと願っていた姉。
一歳にもならぬ我が子を失ってしまった姉・・・。

ままならぬ思いが、姉を祖父ほども離れた王に近づかせたのだろうか。
権力者の愛人になればすべてが解決すると・・・?


だがその国王は暴徒の中に姉を置き去りにしたのだ。
姉はどんな思いをしたことだろうか・・・。



「・・・姉は・・・昔から母を熱愛していたの。母はとても美しくて、話術が巧みで・・・」
レナーテのたどった運命はアルメリーアに遠い過去を想起させる。
幼い頃から姉は母を慕い、追いかけていた。
「でも母は・・・まるで予測がつかなかったの。今日はどんな母なのか、抱きしめられるのか意地悪されるのか・・・」
「意地悪される?」
ディアルは不思議そうに問い返す。


「ええ。母は子ども同志を競わせるのが好きだったの。お互いに告げ口したり、意地悪しあったり・・・そうすればするほど喜んで・・・」
幼心に感じていたあの落ち着かなさ。
アルメリーアは家族の集まるサロンが大嫌いだった。
母と姉兄だけでその部屋に集まれば、きっと母はいやな遊びを始めるのだ。
『いらない子を一人選んで外に出しちゃいましょう。さあ、誰にしようかしら?』


幼いものたちはその言葉で一斉に犠牲者を探し始めた。自分が選ばれないように。
一番年下のアルメリーアもときに容赦なく標的にされ、歳の近い姉兄たちによって窓の外に出された。
今にも雪が降りだしそうな冬の日、大きな窓からサロンの中を見つめた日のことを彼女は鮮明に覚えている。
母も姉兄たちも、寒さと心細さに泣く彼女を笑いながら見ていた。


そして、レナーテは姉兄のなかでその遊びが一番得意だった。
自分が選ばれないよう立ち回りつつ、犠牲者を仕立て上げては声高に母に言いつけた。
『アルメリーアよ!そうでしょうお母様?この子ったらばあやに甘えてばかりだもの。ずるい子よ』
母はわが子がわが子をけなすのを楽しそうに聞いていた。


「きみの母上は・・・」
思わず言いかけた言葉をディアルは飲み込み、話し続ける妻を引きよせる。
しかし内心はあまりの話に呆気にとられていた。
アルメリーアたちの母・・・リーヴェニアの王妃はどこかおかしいのだろうか?



「・・・それでも母を愛していたし、憧れていたわ。とても華やかで自信に満ちた人だし、時たま猫かわいがりしてくれるのが嬉しくて。
母に気に入られたくて、芸術のお稽古にも励んでいたのよ。でも・・・」


十歳だったある日、城の廊下で見た光景が彼女の意識を一変させた。
何かを告げ口しようとした姉レナーテに母は吐き捨てたのだ。
『いやだこと、下町で暮らす密告屋みたい。卑しい顔つきね』


それまで告げ口で母の歓心を買ってきたレナーテはショックで泣き出し、その場を去ろうとする母に追いすがった。
しかし母はそのレナーテを激しく突き飛ばし、倒れこんだ娘をヒステリックに怒鳴りつけた。
「産んだだけで十分なはずでしょう。煩わさないで!』
そして泣いている姉をその場に残して立ち去った。


その夜原因不明の高熱にうなされたアルメリーアは、つきっきりで看病してくれたばあやに翌朝こう言った。
『私、お母様をあきらめるわ・・・」
突然の言葉に首をかしげるばあやに続けて告げる。
『お父様がいないときにサロンに行くのもやめる。それに芸術のお稽古もやめるわ』
ばあやははっとしたような顔をし、悲しくなったアルメリーアはぽろぽろと涙をこぼした。
『私、悪い子かしら?ばあやは私を嫌いになる?』
泣きながら尋ねる彼女をばあやは優しく抱きしめた。
『姫様はすばらしい方ですとも。ばあやは何があっても姫様の味方ですよ。大丈夫・・・』



「あのとき思ったの。母を追いかけていてはだめになってしまうと。だって、あれほど母を慕っていた姉にあんな仕打ちを・・・」


アルメリーアの幸運は、彼女を心から慈しんでくれるばあやが側にいたことだった。
母を諦めたアルメリーアはばあやを頼りにし、芸術のために割いていた時間を好きな花の世話や、周りの人々と話すことに使うようになった。
そうやって彼女は自分を形作ってきたのだ。


「でも姉は母を慕いつづけたたわ。気まぐれにかけられる甘い言葉を支えにして・・・いつかすべてが報われると信じて」
もしかしたら、あの頃にもレナーテのためにできることがあったのかもしれない。
でも、あんなにも母を盲信していた姉に何ができただろう?
「それ以外の生き方を姉は知らなかった・・・ブルゲンフェルトでもそうしていて、それで命まで落としてしまったの・・・?」


故郷にいた頃のレナーテを思い出す。
頭の回転が速く、突飛な冗談でよく周りを笑わせていた。
芸術や流行に敏感で、いつも何か新たな刺激を探していた。
宮廷での出来事について姉と軽口を交わし、笑い合ったこともあった。
報われぬ夢を追い続けた姉・・・。
「可哀想・・・あんまり可哀想だわ」
姉を思って泣くアルメリーアをディアルは強く抱きしめた。